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ボツリヌス菌の正式名はクロストリジウム・ボツリナム(Clostrium.botulinum)です。ボツリヌスの語源はラテン語のbotulus(腸詰め、ソーセージ)であり、19世紀のヨーロッパでソーセージやハムなどを食べた人に起きる死亡率の高い食中毒(腸詰め中毒)として恐れられていました。
この菌による食中毒はボツリヌス菌が腸管内で増殖する事で起こるのではなく、食品中でボツリヌス菌増殖しボツリヌス菌から産生されたボツリヌス毒素を摂取することで起こります。
ボツリヌス菌は土壌や海、湖、川などの泥砂中に分布している嫌気性菌で、熱に強い芽胞を形成します。そして、食品中など一定の発育条件(酸素がなく、水分、栄養分や温度が菌の発育に適した状態、温度3.3℃、pH4.6 以上) がそろうと猛毒のボツリヌス毒素(神経毒)を作ります。
この毒素は現在知られている自然界の毒素の中では最強の毒素と言われています。約0.5kgで全人類の致死量に相当するとのことです。そのため、炭素菌などと同様に生物兵器として開発研究が行われた歴史があります。
ボツリヌス症
ボツリヌス症は食品中でボツリヌス菌が増えたときに産生されたボツリヌス毒素を食品とともに摂取したことにより発生するボツリヌス食中毒(食事性ボツリヌス症)と、乳児に発生する乳児ボツリヌス症、創傷ボツリヌス症、成人腸管定着ボツリヌス症があります。
ボツリヌス食中毒
ボツリヌス毒素が産生された食品を摂取後、8時間~36時間で吐き気、嘔吐や下痢で始まり、その後神経症状が出現してきます。神経症状は両側対称性を特徴とし、脳神経に始まり下行性に脱力および麻痺がそれに続き、視力障害・言語障害・嚥下困難 (物を飲み込みづらくなる)などの神経症状が現れてきます。知覚障害は認められず、意識は通常清明なまま。通常は発熱を欠き、脈拍も正常のままです。ヒトからヒト、動物からヒトでの感染はありません。
乳児ボツリヌス症
1歳未満の乳児にみられるボツリヌス症です。離乳食として与えられたハチミツや他の食品を介して、あるいは直接ハウスダストや玩具・鉢の土などをなめることにより芽胞(*)が摂取されることがあります。1歳未満の乳児では腸内細菌叢が成人とは異なりボツリヌス菌の定着と増殖がおこりやすいため発症すると考えられています。
症状は便秘傾向にはじまり、全身の筋力低下をきたします。泣き声や乳を吸う力が弱まり、頸部筋肉の弛緩によって頭部を支えられなくなり、顔面は無表情になり、散瞳、眼瞼下垂、対光反射の緩慢などボツリヌス食中毒と同様な症状が現れます。呼吸障害が生じ重症化すると死に至ることもあります。ただし、乳児ボツリヌス症の致死率は食中毒に比べると低く2%程度です。1987年、当時の厚生省は「1才未満の乳児には蜂蜜を与えるべきではない」という内容の通達を出しています。
*芽胞とは植物でいえば「種」、カビでいえば「胞子」のようなものです。健康な大人では腸管ないで芽胞が増殖してボツリヌス菌になることはありません。
創傷ボツリヌス症
患者の創傷部位でボツリヌス菌の芽胞が発芽し、産生された毒素によりおきる中毒症状です。米国では麻薬常用者の注射痕からボツリヌス菌の感染がおきた例などがしばしば報告されています。
成人腸管定着ボツリヌス症
1歳以上の子供と成人でも乳児ボツリヌス症と同様に、腸管内でボツリヌス菌が定着・増殖して発病することが報告されています。発症は外科手術や抗菌薬の投与によって患者の腸内細菌叢の破壊や菌交代現象がおこっている場合に限られます。
*創傷ボツリヌス症と成人腸管定着ボツリヌス症は日本での発症報告はありません。
原因となる食品
通常、酸素のない状態になっている食品が原因となりやすく、 ビン詰、 缶詰、容器包装詰め食品、保存食品(ビン詰、缶詰は特に自家製のもの)を原因として食中毒が発生しています。
国内では、北海道や東北地方の特産である魚の発酵食品”いずし”による食中毒が1997年頃までは報告されていました。しかし、最近では自家製の”いずし”がほとんど作られなくなり、”いずし”によるボツリヌス食中毒もほとんど見られなくなりました。
代わって、容器包装詰め食品(特に、レトルトに類似しているが、120℃4分の加熱処理がなされていないもの)、ビン詰め、 自家製の缶詰による食中毒が発生しています。容器包装詰め食品の中でボツリヌス菌が増殖すると容器は膨張し、開封すると異臭がする場合があります。
乳児ボツリヌス症の原因食品として以前は蜂蜜がありました。1987年10月、1歳未満の乳児には蜂蜜を与えないようにと当時の厚生省が通知を出して以降、蜂蜜を原因とする事例は減少しています。蜂蜜以外に原因食品が確認された事例はほとんどありませんが、東京都で発生した事例で自家製野菜スープが感染源と推定されたものがありました。
治療
唯一の特異的な療法は抗毒素の投与で、さらに症状の経過に応じてさまざまな対症療法も行われます。日本では1962年に抗毒素療法が導入され、その結果、致命率は著しく低下しました。
乳児ボツリヌス症では致死率が低いことと乳児に対する効果と危険性が明らかでないことから、抗毒素血清を投与することはありません。
ボツリヌス菌による食中毒予防のポイント
ボツリヌス菌の芽胞は土壌に広く分布しているため、 食品原材料の汚染防止は困難です。ボツリヌス食中毒の予防には、食品中での菌の増殖を抑えることが重要です。また、ボツリヌス菌は芽胞となって高温に耐えることがでますが、ボツリヌス毒素自体は加熱することで不活化します。このため、ボツリヌス菌による食中毒を防ぐには、食べる直前に食品を加熱することが効果的でです。
真空パックや缶詰が膨張している、または食品に異臭(酪酸臭)がする時には絶対に食べないでください。
ボツリヌス菌は熱に強い芽胞を作るため、120℃4分間(あるいは100℃6時間)以上の加熱をしなければ完全に死滅しません。そのため、 家庭で缶詰、真空パック、びん詰、「いずし」などをつくる場合には、原材料を十分に洗浄し加熱殺菌の温度や保存の方法に十分注意しないと危険です。保存は3℃未満で冷蔵又はマイナス18℃以下で冷凍しましょう。
食中毒症状の直接の原因であるボツリヌス毒素は80℃30分間(100℃なら数分以上)の加熱で失活するので、食べる直前に十分に加熱すると効果的です。
乳児ボツリヌス症の予防のため、1歳未満の乳児にはボツリヌス菌の芽胞に汚染される可能性のある食品(蜂蜜等)を食べさせるのは避けてください。