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糖質制限ダイエット ー その光と影(3)

 

糖質制限が老化を促す!?

 

■糖質制限ダイエットの色々

 

 アトキンス・ダイエット、バーンスタイン・ダイエット、スーパー糖質制限、緩やかな糖質制限、ロカボ、ケトジェニック・ダイエット、ライザップ、…。様々な糖質制限ダイエットがあります。これらのダイエットはどこがどう違うのでしょうか?

 

 糖質制限ダイエットは大きく分けると次の2種類に分けられます。

 

  • アトキンス・ダイエット:一日の炭水化物摂取量を20~40gまで制限。スーパー糖質制限、ケトン体ダイエット、ライザップなどが含まれる。
  • バーンスタイン・ダイエット:一日の炭水化物摂取量を130gまで制限。緩やかな糖質制限、ロカボなどが含まれる。

 

 

糖質制限が老化を促す!?

 

■バーンスタイン・ダイエット

 バーンスタイン・ダイエットとは、アメリカの医師リチャード・K・バーンスタイン(Richard K Bernstein)が考案したダイエット法です。一日の糖質を130gまで制限。緩やかな糖質制限、ロカボなどが含まれます。

 

■1型糖尿病のバーンスタイン

 1934年生まれのバーンスタインは12歳のときに1型糖尿病※1を発症。その後、20年以上、当時の医学常識に基づいた医師の指示に従い、「低脂肪・高炭水化物食による食事療法」と、「インスリン注射」が中心の治療を行っていました。しかし、血糖値のコントロールはうまくいかず、20歳を過ぎる頃には様々な合併症が出現してきてしまいました。

 

 糖尿病の合併症とされる高コレステロール血症は低脂肪食を守ったにもかかわらず悪化し、眼瞼の脂肪沈着や、虹彩周囲のリング状の脂肪沈着も見られるようになってきました。20~30歳の間に腎結石、唾液腺結石、肩関節の拘縮、感覚異常を伴う進行性の足の変形、下肢の脱毛(末梢循環不全による)、夜盲症、微小動脈瘤(眼の周囲の動脈のふくらみ)、黄斑浮腫、初期の白内障、腸骨脛骨靭帯・広靭帯症候群、腎障害などが出現、そして進行していきました。また、たびたび低血糖発作も起こしていました。

 

■糖質制限への挑戦

 35歳の1969年、偶然「自己血糖測定器」という機械の存在を知りました。しかし、その機械は医師と病院にのみ販売されるものでした。当時彼は医師ではなかったため、医師であった妻の名義で購入したそうです。毎日5回血糖値を測定した結果「40mg/dL以下から400mg/dL以上と、まるでジェットコースターのように揺れ動く血糖値の変動」を知りました。血糖値をなだらかにするため、1日1回の注射ではなく2回の注射に変更し、食事の炭水化物を減らすことにしました。しかし、血糖値の大幅な変動は少なくなったものの、正常化はほとんどありませんでした。

 

 そのような時、彼は「血糖値を正常に保つことが糖尿病の症状を改善し、合併症からも回復させる」という動物実験の論文を見つけました。その論文を主治医に見せましたが、主治医は「動物と人間は違う、人間の血糖値を正常化することは不可能」と相手にしなかったそうです。そこで、彼は1973年から自分自身を実験台にして「血糖値を正常域に保つ」ように食事の内容とインスリン量の微調整を始めました。変更して改善があれば、そのままに。悪化すれば中止。さまざまなことにチャレンジしては、良好な血糖値を保てた方法を検討し、厳格な糖質制限とインスリンを組み合わせることで、主治医が決めたインスリン投与量を1/3に減らすことに成功しました。

 

 ちょうどその頃、豚/牛インスリンではなくヒトインスリン製剤が開発されています。その効果も後押しし、遂にインスリン投与量を1/6まで減らすことに成功しました。その結果、彼の様々な症状は1年以内にベールをはがすように剥がれ落ちていきます。何年も続いた全身疲労感と末梢循環不全から解放され、コレステロール値と中性脂肪値も正常化。インスリン注射による大腿部の皮下組織のこぶはなくなり、瞼の脂肪沈着も消えました。タンパク尿も改善し、身体に筋肉も戻ってきました。

 

 このような試行錯誤の末、「血糖コントロールがうまくいかない原因は低脂肪・高炭水化物食である」という結論に達しました。そして、最も効果的で安全に血糖値をコントロールできる方法として考え出したのが、「糖質制限」でした。

 

 

■医師になったバーンスタイン

 彼は自身の発見した知識を他の人々と共有すべきと考え医学雑誌に論文を投稿しましたが、ことごとく掲載を断られました。なぜなら、「血糖値を正常に保つ」ということが、当時の医学常識とかけ離れていたからです。その後、1977年までの4年で、いくつかの大学研究室と共同研究できるようになりましたが、学会では「無視」または「拒否」され続けました。

 

 「自分が医師でないため(医学会の権威筋の)医師を打ち負かすことができないなら、彼らに加わるべきだ。自分の名前にMDを付けることで自らの考えを世間に広めることができる」と医師になることを決意します。1977年に今までの仕事を辞めて1年の医学予備校と更に1年の待機の後、1979年の45歳の時にアルバート・アインシュタイン医科大学に入学しました。

 

 1983年には診療所を自宅近くに構え、直接患者に指導しながら論文や書籍を通して糖質制限食を主体とした糖尿病治療法の普及に努めています。1997年には「糖尿病の解決」という著書を出版し、糖質制限法を広く世の中に紹介しました。この本はアメリカで大きな反響を呼びベストセラーとなり、現在第4版まで改定が重ねられています。

 

 彼と同じく1946年頃に発症した糖尿病患者で、現在まで生き残っている人はほんの僅かで、たとえ生き残っていてもひどい慢性の合併症に苦しんでいない人など皆無に近いそうです。そのようななかで、バーンスタイン医師は自ら発見した糖質制限という糖尿病の治療法により、現在(2019年、86歳)まで元気に診療活動と講演活動を続けているとのことです。

 

参考文献

バーンスタイン医師の糖尿病の解決 正常血糖値を得るための完全ガイド 第4版 柴田壽彦訳 金芳堂 2016

Dr.Bernstein’s DIABETES SOLUTION 2011

 

糖質制限が老化を促す!?

 

■緩やかな糖質制限ダイエット

 

 

 北里大学病院糖尿病センター長の山田悟医師が推奨する糖尿病のためのダイエットです。基本的にバーンスタイン医師の1日130gの糖質制限を受け継いでいます。1食あたり20~40g、3食で120gまでに制限、間食は10gまで可。1日合計130gまでとしています。

 

ロカボとも呼ばれています(ローカーボ・ダイエットではありません)。

 

 

 

 

糖質制限が老化を促す!?

 

■バーンスタイン・ダイエットの理論

 やや難しい話です。面倒な方は「バーンスタイン・ダイエットを分かりやすく説明すると」からお読みください。

 

 炭水化物は摂取後、糖質と食物繊維に、糖質から単糖類に分解(消化)され小腸から吸収されます。糖質のうちブドウ糖は体内の細胞に供給される時の最も基本的なもので、いくつかの主要な臓器や組織(赤血球、角膜、水晶体、網膜)などの細胞では唯一の栄養素として限りなく重要であり、脳では主要なエネルギー源です。したがって、常にこれらの臓器・組織の需要に応える十分な血糖レベル(血糖値)を維持する必要があります。血糖値が低すぎ(低血糖)ても、高すぎ(高血糖)ても、種々の合併症をきたし危険なため身体は極めて狭い範囲(70~140㎎/dL)に血糖値を保つよう巧妙な制御機構を持っています。この狭い範囲でコントロールされない場合はブドウ糖は有害な物質となり組織障害を引き起こす可能性があります。すなわち、糖尿病の発症・悪化、動脈硬化、微小循環障害、腎臓病、失明などを促進させる因子となります。

 

 血糖値は主に血糖降下作用のあるインスリンとその拮抗ホルモン(血糖上昇)であるグルカゴンにより調節されています。インスリンは主に肝臓、骨格筋、脂肪組織でその作用を発揮します。

 

■肝臓とインスリン

 小腸で吸収されたブドウ糖は門脈を経て肝臓に流入します。安静時であれば流入した60%のブドウ糖が肝細胞に取り込まれ、残りは脳をはじめとして全身の各臓器・組織に送られ、血糖値を上昇させます(食後高血糖)。その血糖上昇を膵β細胞が感知して即座にインスリンが分泌(インスリン追加分泌)され血糖値は下降します。

 

 肝細胞が取り込んだブドウ糖は肝臓自身のエネルギー源としてではなく、他の臓器・組織の血糖値を安定させるためグリコーゲン中性脂肪に変換され貯えられます。インスリンは肝細胞へのブドウ糖の間接的な取り込みとグリコーゲン・脂肪合成を促進し、グリコーゲンと脂肪の分解を抑制します。

 

■骨格筋とインスリン

 骨格筋細胞の表面(細胞膜)にあるインスリン受容体にインスリンが結合すると、細胞内にあるブドウ糖だけを通す装置(糖輸送体4、GLUT4※2が細胞膜に移動しブドウ糖を筋細胞内に取り込みます。取り込まれたブドウ糖は主にグリコーゲンと少量の中性脂肪に変換されます。インスリンはブドウ糖の取り込みと(ブドウ糖から)グリコーゲンと中性脂肪の合成を促進し、グリコーゲンと中性脂肪の分解を抑制します。

 

■脂肪組織とインスリン

 脂肪細胞の表面(細胞膜)にあるインスリン受容体にインスリンが結合すると、細胞内にあるブドウ糖だけを通す装置(糖輸送体4、GLUT4)が細胞膜に移動しブドウ糖を細胞内に取り込みます。取り込まれたブドウ糖は主に中性脂肪に変換されます。インスリンはブドウ糖の取り込みと(ブドウ糖から)中性脂肪の合成を促進し、中性脂肪の分解を抑制します。すなわち、過剰なインスリンは脂肪細胞へのブドウ糖の取り込みと中性脂肪の合成を促進し、その分解を抑制することで肥満の原因となります(図1)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■バーンスタイン・ダイエットを分かりやすく説明すると(図2)

  1. インスリン作用
  2. 肝臓・筋肉・脂肪組織へのブドウ糖の取り込みを促進する(血糖降下作用)
  3. 取り込まれたブドウ糖のグリコーゲンと中性脂肪への変換(合成)を促進、その分解を抑制しエネルギー源として貯蔵する
  4. 脂肪組織では中性脂肪への変換(合成)を促進、その分解を抑制する(肥満の原因)
  5. 高炭水化物(高糖質)は食後高血糖・高インスリン血症・肥満・インスリン抵抗性の原因となる
  6. 高炭水化物(高糖質)の摂取は血糖値を上昇させる(食後高血糖)
  7. 食後高血糖を押さえるためには、より多くのインスリンを必要とする(高インスリン血症)
  8. 高インスリン血症は肥満の原因となる
  9. 肥満はインスリン作用を減弱させ(インスリン抵抗性)、食後の血糖値を上昇させる(食後高血糖)
  10. 食後高血糖は高インスリン血症→肥満→インスリン抵抗性→食後高血糖→高インスリン血症→…の悪循環を形成する。
  11. 高インスリン血症が持続するとインスリンを作る膵β細胞が疲弊し糖尿病になる
  12. 高インスリン血症は高血圧、脂質異常症、動脈硬化、発がん、認知症、脂肪肝、糖尿病の発症と進行を促進する
  13. 炭水化物(糖質)制限で食後高血糖は改善できる(糖質制限で上記の悪循環を断ち切ることが可能)
  14. 炭水化物摂取量1日130g以下の制限は食後高血糖、高インスリン血症、肥満、インスリン抵抗性を改善し糖尿病コントロール全般に有益

 

 

■バーンスタイン・ダイエットに関する疑問・問題点

  • 「炭水化物(または糖質)の制限が130g以下」とあるが、130gと決めた根拠は?
  • 食後高血糖抑制の手段として炭水化物(糖質)の「量の制限」ではなく「質の変更」による代替でも可能か?
  • バーンスタイン医師は1型糖尿病であった。自身の体験から得らえた知識・手段を糖尿病の大多数を占める2型糖尿病にそのまま当てはめることができるのか?
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註解

※1)1型糖尿病:インスリンを作る膵β細胞が破壊されて発症する。治療の基本はインスリン補充療法となる。

※2)GLUT(Glucose Transporter、糖輸送体):大部分の哺乳類の細胞膜に存在するグルコース(ブドウ糖)を輸送する機構。GLUT4は筋肉と脂肪細胞の細胞内に存在(待機)する。インスリンの働きで細胞膜表面に移動し血液中のブドウ糖を細胞内に取り込む。筋・脂肪細胞以外の糖輸送体(GLUT1~3、5)ではインスリンに依存しない