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2017年6月
尿病患者は認知症になりやすい |
「糖尿病の人は認知症になりやすい」と言われています。はたして本当でしょうか?
認知症の二大原因疾患はアルツハイマー型認知症と血管性認知症です。そのうち、糖尿病では血管性認知症(vascular dementia )が高頻度に発症することは、かねてより良く知られていました。糖尿病による高血糖状態が続くと動脈硬化が進行し、脳内の血管が詰まりやすい状態となってしまいます。脳内の血流が滞ることにより、神経細胞にも十分な血液が行き届かなくなり、その機能が障害され認知症が発症します。
一方、近年の多くの疫学研究や基礎研究により、糖尿病はアルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease : AD)の発症・進展にも大きく関わっていることが分かってきました。世界各国の研究報告によると、糖尿病があると、そうでない場合に比べて、アルツハイマー型認知症は約2倍起こりやすいとのことです。
認知症とは |
誰でも年齢と共に、もの覚えが悪くなったり、人の名前が思い出せなくなったりします。これは脳の老化による「もの忘れ」です。一方、認知症は「老化によるもの忘れ」とは異なります(→ 一口メモ)。
認知症とは、何らかの原因により脳の神経細胞が障害を受けたり、働きが悪くなったりしたため、さまざまな障害が出てきて日常生活に支障がでている状態のことをいいます。
認知症にはいくつかの原因があります。主なものとしては次の4つが挙げられます。①アルツハイマー型認知症、②脳血性型認知症、③レビー小体型認知症、④前頭側頭型認知症。このうち約60%はアルツハイマー型認知症で、約20%は脳血管性認知症によるものとされています(図1)。
【一口メモ】 「認知症」と「もの忘れ」との違い
認知症の代表であるアルツハイマー型認知症(AD)は、もの忘れの自覚がなく、徐々に進行し、生活への支障があるなどの特徴があり、加齢による「もの忘れ」とは異なる(表1)。
アルツハイマー型認知症とは |
アルツハイマー型認知症は認知症の中では最も多く認められるタイプで、男性より女性に多い傾向があります。血管型認知症の患者数が横ばいであるのに対して、増加傾向にあります。軽度な症状で記憶障害、高度ともなると身の回りのことができなくなり、最終的に寝たきり状態になってしまうことさえあります。
アルツハイマー型認知症の原因は脳内にアミロイドβというタンパクが分解されずに蓄積することによって引き起こされるとされます。その機序は諸説あり、現在も積極的に研究が進められています。その一つに糖尿病があります。
糖尿病とアルツハイマー型認知症 |
■ロッテルダム研究
糖尿病がアルツハイマー型認知症の危険因子であることを示した最初の研究が1999年に発表されたロッテルダム研究(Rotterdam study)です。オランダのロッテルダムに住む55歳以上の男女を対象にした追跡調査です。研究開始時に糖尿病の有無を調べました。そして、すでに認知症を発症している人は調査対象から除外しました。その結果、糖尿病患者692名を含む6370人が観察対象となり平均2年間の追跡調査が行われました。
観察期間中、アルツハイマー型認知症89名を含む126名が認知症と診断されました。糖尿病と診断された人は糖尿病でなかった人に比べて、認知症全体で2.0倍、アルツハイマー型認知症で1.9倍多く発症していました。さらに、インスリンで治療している糖尿病患者は4.3倍多くアルツハイマー型認知症を発症していました(表2)。
この結果から、糖尿病は認知症およびアルツハイマー型認知症の危険因子であることが示唆されました。そして、この研究で2つの病気の関係が注目されるようになりました。
注意すべきはことがあります。一見すると、経口糖尿病薬やインスリン治療を受けているグループのアルツハイマー型認知症の発症率が高率なのは、これらの治療を受けているためとも見えるかもしれません。しかし、別の考え方をすべきです。無治療群は投薬の必要がない血糖コントロール状態が良好なグループ。経口糖尿病薬治療群は血糖コントロールのため投薬の必要がある、すなわち無治療群より進行したグループ。そして、インスリン治療群は、さらに進行したグループと考えるべきでしょう。経口糖尿病治療薬やインスリンが認知症やアルツハイマー型認知症の発症・進行に直接関与している訳ではありません。
■久山町研究
久山町研究とは福岡市に隣接した糟谷郡久山町の住民約8400人を対象に、1961年から行われている脳卒中、高血圧症、糖尿病といった生活習慣病に関する大規模な疫学研究です。40歳以上で循環器健診の受診者からなる時代の異なる複数のコホート(疫学研究用語、特定の地域やで同一の性質をもつ集団)から構成されています。
この町の住民は研究当時から現在に至るまで年齢・職業構成や栄養摂取状態が我が国の平均レベルにあり、偏りがほとんどない典型的な日本人の集団といえます。また、町と住民の全面的な協力を得ることで、亡くなった人の75%を剖検(病理解剖して調べること)し、正確な死因や隠れた疾病を調査していることが最大の特徴です。調査開始以来、定期的な健診・往診や調査が行なわれており、これまでに行方不明になった対象者は数例に過ぎず、追跡率は99%以上とのことです。また、40歳以上の住民を5年毎に集団に新たに加えているため、生活習慣の移り変わりの影響や危険因子の変遷まで窺い知ることができます。このような理由で、この研究は日本が世界に誇りうる疫学研究といえます。 |
1988年の久山町の循環器健診を受診した60歳以上の住民のうち、認知症、朝食後、インスリン治療者を除いた1,017人(男性437人、女性580人)に75gぶどう糖負荷試験を行い、1988年より2003年までの15年間(平均10.9年間)前向きに追跡調査を行いました。
ぶどう糖負荷試験の血糖レベル別に検討してみると、空腹時血糖レベルの上昇と認知症とアルツハイマー型認知症発症の間には関連は認められませんでした。一方、ぶどう糖負荷後2時間の血糖レベルが高くなるにつれて認知症およびアルツハイマー型認知症の発症リスクは上昇していました。ぶどう糖負荷後2 時間の血糖レベル120 mg/dl未満の群に比べて、アルツハイマー型認知症の発症リスクは140~199 mg/dlの群で1.9 倍、200 mg/dl以上の群で3.4 倍有意に上昇し、血管性認知症の発症リスクは200 mg/dl以上の群で2.7倍有意に高くなっていました(図2)。
糖尿病と老人斑 |
アルツハイマー型認知症の脳の組織には2つの特徴的な所見があります。老人斑と神経原線維変化です。老人斑はアミロイドβと呼ばれる40個前後からなるアミノ酸からなる蛋白質で、神経細胞の周りに「しみ」のように存在する物質です。アミロイド斑とも呼ばれています。いわば、神経細胞のまわりの「ごみ」のようなもの。神経原線維変化は不溶性の捻じれた線維で神経細胞の内部に蓄積します。アルツハイマー型認知症ではこれらが著明に蓄積しています。
久山町研究では、75gぶどう糖負荷試験を受けた後に1998~2003年に亡くなった135例の剖検サンプルから生前の血糖レベルと老人斑沈着との関連も検討しています。その結果、負荷後2時間の血糖レベルが高くなるにつれ老人斑沈着のリスクが高くなっていました。しかし、負荷前の血糖レベルとは相関が認められませんでした。
また、血中インスリン値とインスリン抵抗性との関連では、血中インスリン値が高いほど、インスリン抵抗性が強いほど老人斑の沈着がより著明でした。すなわち、老人斑の形成にはインスリン抵抗性と、その代償性の高インスリン血症が関係していることを示唆します。
糖尿病がアルツハイマー型認知症のリスクとなる理由 |
糖尿病に伴う動脈硬化や脳梗塞などの血管病変に加え、高血糖による糖毒性や酸化ストレス、AGEs(Advanced glycation end-products、終末糖化物質)などによる代謝性病変の促進、さらに高インスリン血症、インスリン抵抗性、インスリンシグナル伝達障害がアルツハイマー型認知症を促進すると考えられています。
■高血糖
糖尿病患者の高血糖は注意集中力や学習記憶能力などが中等度に障害されます。ただし、血糖コントロールが改善すると一部の障害は改善されます。長期間の高血糖の持続は認知症発症の危険因子であるとの報告が多くなされています。具体的には、7.0%以上のHbA1cが長期間持続すると認知症の危険因子となります。
英国における未治療糖尿病患者1,139例を対象とした5年間の追跡調査では、HbA1cが7.0%以上で認知症の発症頻度が増加し、HbA1c5.3%未満の人と比べて約4.8倍認知症を起こしやすいと報告されています(Gao L et al. BMC Public Health 2008)。
■インスリン抵抗性
アルツハイマー型認知症の原因の一つは脳内のアミロイドβの沈着です。近年、そのメカニズムとしてインスリン抵抗性の増大が注目されてきています。インスリンは血糖値を下げることのできる唯一のホルモンであり、高血糖状態により分泌が促進されます。しかし、インスリン抵抗性が増大した状態では、血糖を下げるためにより多くのインスリンを必要とします。分泌されたインスリンはインスリン分解酵素(insulin degrading enzyme, IDE)によって分解されます。一方、インスリン分解酵素はアルツハイマー型認知症の原因となるアミロイドβの分解の役割も担っています。インスリン抵抗性により体内のインスリンが多くなると、その分解のためにインスリン分解酵素が消費されてしまいます。その結果、アミロイドβが分解されず蓄積していくという訳です。
また、インスリン抵抗性状態では、インスリン分解酵素の活性を抑制する遊離脂肪酸が脂肪細胞から多く放出されるため、さらに状況を悪化させると考えられています。
■低血糖と血糖変動
低血糖は認知機能低下と認知症をきたします。軽症の低血糖症状は発汗、動悸、手の震えなどの自律神経症状と、めまい、ふらふら感、脱力感などの糖欠乏症状に分けられます。高齢者や進行した糖尿病患者では自律神経症状が出にくいため、低血糖が重症化しやすいとされています。
重症低血糖は認知症の危険因子です。米国で、入院を要するような重症低血糖が認知症リスク増大と関連するかどうか検討されました。2型糖尿病患者16,667例(平均年齢65歳)を4年間追跡調査しました。一度も重症低血糖を起こしたことのない人の認知症発症リスクを1とした場合、1回の重症低血糖で認知症発症リスクは1.24倍、2回で1.80倍、3回で1.94倍という結果になりました(Whitmer RA et al. JAMA 2009)。
逆に、認知症患者は低血糖を起こしやすいという事実があります。その結果、低血糖と認知症は相互に悪影響を及ぼし悪循環を形成します。
また、血糖変動が大きいことも認知機能低下と関連します。2型糖尿病患者での大きな血糖変動は、たとえ低血糖を伴わなくても認知機能低下と関係するとの研究報告があります。
まとめ |
糖尿病は認知症やアルツハイマー型認知症のリスクファクター。そのリスクは約2倍。高血糖(HbA1c7.0%以上)や重症低血糖もリスクファクターとなる。認知機能が低下した糖尿病患者は低血糖を起こしやすいため注意が必要。