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糖質制限ダイエットーその光と影(7)

DIRECT研究

 

 

 

糖質制限ダイエットのエビデンス

 

 今までは、低糖質ダイエットの基本的な考え方(原理)に関して私なりの見解も交えて説明してきました。確かに、低糖質ダイエットは「体重を減少させる」「糖尿病の血糖コントロールをよくする」効果がありそうです。しかし、これらに関して確かな根拠(エビデンス)はあるのでしょうか? また、短期的には有効でも長期的にはどうなのでしょうか? これらの疑問について考えてみたいと思います。まず、最初は低糖質ダイエットの有効性を最初に報告したDIRECT試験です。あまり解釈を入れずに紹介いたします。その後、糖質制限ダイエットを「支持する」「支持しない」「中立」の各グループから、この研究の解釈を紹介いたします。

 

 

DIRECT試験

 

 肥満の急激な増加は世界的な問題となり、食事による減量の有効性および安全性についての検討が急務となっている。最近の研究から、低炭水化物食が体重を減少させるだけでなく代謝系にも良い影響を与えることや、地中海食が減量効果および心血管疾患に対する予防的な効果を有することなどが示されている。しかし,一般的な食事に関する臨床試験には、年15~50%に及ぶ高い脱落率とそれに対する評価、少ない対象例、短い追跡期間、不均一な介入の度合い、などの問題を含んでいた。そこで、3つの減量食(低脂肪食,地中海食,低炭水化物食)の有効性および安全性を2年間にわたり比較するDIRECT試験(Dietary Intervention Randomized Controlled Trial)を行った。

 

■方法

 2005年7月~2007年6月の2年間、イスラエル・ディモナの研究所に勤務し、「40~65歳でBMIが27 kg/m2以上」「2型糖尿病または冠動脈疾患を有する(年齢、BMIは問わない)」のいずれかに該当する男女のうち、妊娠・授乳中、血清クレアチニン値≧2 mg/dL、肝機能障、試験食摂取の障害となる胃腸の問題、癌、その他の食事関連の試験への参加している人を除いた322を対象とした。

 

 対象者は「低脂肪食」「低炭水化物食」「地中海食」のいずれかに無作為に割り付けられたうえで、各群の管理栄養士による計18回(第1、3,5,7週とその後6週間ごと、各90分)のセッションで以下のような食事指導を受けた。

 

  • 低脂肪食:総摂取エネルギー量を制限し(男性1,800 kcal以下、女性1,500 kcal以下)、その30%を脂肪から、10%を飽和脂肪酸から摂取し、1日のコレステロール摂取量は300 mg以下とする。低脂肪穀物、野菜、果物、豆類を多く摂取し、脂肪分、甘いもの、カロリーの高いスナックなどは控えるように指導。
  • 地中海食:総摂取エネルギー量を制限し(男性1,800 kcal以下、女性1,500 kcal以下)、脂肪からの摂取はその35%未満とする。脂肪のおもな摂取源はオリーブオイル(30~45 g)、少量の豆類(5~7個,20 g未満)。野菜を多く摂取し、赤身肉を控えるように指導(牛肉・羊肉のかわりに鶏肉・魚を摂取)。
  • 低炭水化物食:総摂取エネルギー量、蛋白質、脂肪の摂取量に制限はなし。最初の2か月(誘導期間)、および宗教的な休日の直後には炭水化物摂取量を1日20gまで抑え、その後は体重減を維持できる範囲で最大1日120gまで段階的に炭水化物摂取量を増やしていく。蛋白質および脂肪はなるべく動物性ではなく植物性食品から摂取し、トランス脂肪酸の摂取は避けるように指導。

 

■結果

①患者背景

 平均年齢52歳、男性の割合86%、BMI31 kg/m2、血圧131.3/79.7 mmHg、腹囲105.9㎝、2型糖尿病14%、冠動脈疾患37%。

 

 24か月後のアドヒアランス率(治療が完遂できた割合)は全体では84.6%、低脂肪食群90.4%、地中海食群85.3%、低炭水化物食群78.0%であった。

 

②各栄養素の摂取量,身体活動量,尿中ケトン排泄

1日あたりの総摂取エネルギー量は、すべての群において、6か月後、12か月後、24か月後のいずれについてもベースラインより有意に低下していた(P<0.001)が,低下度に有意な群間差はなかった。

 

身体活動量は、すべての群においてベースラインよりも有意に増加していたが、増加度に有意な群間差はなかった。

 

24か月後に検出可能な尿中ケトン排泄をみとめた人の割合は、低炭水化物食群(8.3%)で、低脂肪食群(4.8%)および地中海食群(2.8%)よりも有意に高かった(P=0.04)。

 

低炭水化物食群では、ほかの2群にくらべて炭水化物の摂取量が有意に少なく(P<0.001)、蛋白質、総脂肪、飽和脂肪酸、総コレステロールの摂取量が有意に多かった(P<0.001,総コレステロールのみP=0.04)。

 

地中海食群では、ほかの2群にくらべて一価不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸摂取量の比が有意に高く(P<0.001)、また低炭水化物食群にくらべて繊維質の摂取量が有意に多かった(P=0.002)。

 

低脂肪食群では、低炭水化物食群にくらべて飽和脂肪酸の摂取量が有意に少なかった(P=0.02)。

 

③体重の変化

試験期間中の体重は、いずれの群においても1~6か月後に大きく低下した。その後、部分的な増加の後に一定の値に落ち着く傾向を示した。

 

ベースラインから24か月後の体重変化(一次エンドポイント)は以下のとおりで、低脂肪食群にくらべ、地中海食群および低炭水化物食群で有意に低下度が大きかった(群×時間の相互作用のP<0.001)。

 

  • 低脂肪食群:-9 kg (男性-3.4 kg,女性-0.1 kg)
  • 地中海食群:-4 kg (-4.0 kg,-6.2 kg)
  • 低炭水化物食群:-7 kg (-4.9 kg,-2.4 kg)

 BMIの変化は低脂肪食群-1.0 kg/m2、地中海食群-1.5 kg/m2、低炭水化物食群-1.5 kg/m2と有意な群間差がみられた(群間比較のP=0.05)。

 

 

④試験期間中の血圧および代謝系因子の推移

  • 腹囲:すべての群でベースラインよりも低下したが、群間に有意な差はみられなかった。
  • 血圧:すべての群でベースラインよりも低下したが、群間に有意な差はみられなかった。
  • HDL-C:すべての群でベースラインよりも増加しており、低炭水化物食群における増加度(+4 mg/dL)は低脂肪食群(+6.3 mg/dL)よりも有意に大きかった(群×時間の相互作用のP<0.01)。
  • トリグリセリド:低炭水化物食群における低下度(7 mg/dL)は、地中海食群(21.8 mg/dL)とほぼ等しく、低脂肪食群(2.8 mg/dL)よりも有意に大きかった(群×時間の相互作用のP=0.03)。
  • LDL-C:すべての群でベースラインからの変化はみられず、群間にも有意な差はみられなかった。
  • 総コレステロール/HDL-C比:低炭水化物食群で-20%ともっとも大きく低下しており、低脂肪食群(-12%)との有意差がみとめられた(群×時間の相互作用のP=01)。
  • 高感度CRP:地中海食群、および低炭水化物食群でベースラインよりも有意に低下していたが、群間に優位な差はみられなかった。
  • アディポネクチン:すべての群でベースラインよりも有意に増加したが、群間に有意な差はみられなかった。
  • レプチン:すべての群でベースラインよりも有意に低下したが、群間に有意な差はみられなかった。
  • 空腹時血糖:糖尿病を有する人でみると、地中海食群で低脂肪食群よりも有意に低下していた。糖尿病のない人では、群間に有意な差はみられなかった。
  • 血中インスリン: 糖尿病の有無を問わず、すべての群でベースラインよりも有意に低下していたが,群間に有意な差はみられなかった。
  • インスリン抵抗性指標(homeostasis model assessment of insulin resistance: HOMA-IR): 糖尿病を有する人でみると、地中海食群で低脂肪食群よりも有意に低下していた。
  • HbA1c: 糖尿病を有する人でみると、低炭水化物食群でのみベースラインよりも有意に低下していたが、群間に有意な差はみられなかった。

 

 

■結論

 3つの減量食(低脂肪食,地中海食,低炭水化物食)の有効性および安全性を比較することを目的として、2年間にわたる無作為化比較試験(DIRECT)を行った。その結果、地中海食、および低炭水化物食は、いずれも減量効果のみならず、代謝系因子に関する望ましい効果を示した。この結果より、地中海食および低炭水化物食が低脂肪食に並ぶ有効な選択肢となり、食事の好みや代謝障害の状況などに応じた食事介入を行うことができる可能性が示された。

 

 

DIRECT試験の評価

 

■糖質制限食に肯定的な意見

  • 江部 康二 高雄病院理事長

『 有効性を決定的に証明したダイレクト(CIRECT)試験』

 

 低炭水化物食は、カロリー制限なしのハンディがありましたが結果として他の二つの食事と同様の摂取カロリーとなり、体重減少に関しては最も効果が大きく、次に地中海食、低脂肪食は最下位でした。

 

 血糖コントロールに関しては、HbA1c値で比較すると最も大きく下がっていたのは低炭水化物食で次に地中海食、最下位はやはり低脂肪食でした。

 

  • 山田悟 北里大学 北里研究所病院糖尿病センター長

 結果として、体重減量、脂質異常症、HbA1cの改善のいずれにおいても糖質制限食が優れることを示した。この論文は脂質制限がなんらかの健康上の利益をもたらすとしてきた世界の栄養学を大転換させ、現在までの糖質制限食の躍進の原動力となり、英国糖尿病学会や米国糖尿病学会(ADA)のガイドラインでの糖質制限食の採用に大きな影響を与えた。

 

■糖質制限食に中立・否定的な意見

  • 鈴木洋通 埼玉医科大学腎臓内科教授

『糖質制限食は、継続するのが現実的に難しい』

 糖質制限食は、日本糖尿病学会の2009年度版の「科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン」において55%から60%とされている炭水化物摂取比率を、30%程度に落とすもの。鈴木氏は、「糖質を落とすとなると、脂肪か、たんぱく質でカロリーを摂取することになる。たんぱく質の場合は、かなり食事から取る必要があり難しい。しかも脂肪から取ろうとすると、どうしてもコレステロールの摂取量が高くなってしまう」と問題点を述べる。

 

 糖質制限を行うと、エネルギー摂取に占める脂肪が増えるほか、とりわけ糖尿病患者では、糖尿病性のケトアシドーシスを引き起こすともされた。 また、同じ糖尿病患者でも、インスリン分泌不全もあれば、インスリン抵抗性もある。「一概に、低炭水化物食を処方するわけ『脱落率が2割超は高い』にはいかない。私自身も、低炭水化物食を処方することはあるが、基本的にはカロリー制限を優先的に行うのが望ましい」と鈴木氏は言う。

 

 イスラエルのDIRECT試験で、糖質制限食の意義が認識された面があるが、鈴木氏は脱落率の高さを問題視する。確かに、この試験においても、糖質制限食の群では、109人のうち85人だけが2年間の糖質制限を完遂できた。2割近くは脱落したことになる。鈴木氏は「同様な臨床試験を見ていくと、低脂肪食にしても、糖質制限食にしても、脱落がおよそ高い割合で見られている。やはり続かないものは問題ということだろう」と話す。一部の食品を制限してしまうと、食事のバランスが崩れてしまい、継続性が損なわれるという見方。

 

 らに、鈴木氏は、「長年にわたって日本においては、主なエネルギー源が米飯であったが、かつてエネルギー源をたんぱく質や脂肪にしようとしても、現実的にエネルギー源になるほどの量を調達することはできなかった。日本の食生活の欧米化が進んで、糖質制限を行おうと思えばできるような時代になったことは確か。今後、さらに食文化の欧米化が進んでくれば、糖質制限食がガイドラインの上でも反映される可能性はあるのではないか」と説明した。

 

 「糖質制限食は可能性があるとはいえ、普及されるには時期尚早」というのが鈴木氏の考え方と言える。