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食塩と胃がん
院院長の独り言」より
胃がんは予防できる |
日本人の死亡原因の第1位はがん(悪性新生物)です。その中で胃がんは死亡原因の第2位で毎年5万人が命を落としています。ただし、発病率(新患数)では第1位(12万人)です。前回はピロリ菌感染者に対してピロリ除菌療法を行うと胃がんの予防ができることをお話しました。
ピロリ菌感染以外にも胃がんのリスクを上げるものとして、食塩、アルコール、喫煙、遺伝などがあります。一方、リスクを下げるものとして野菜・果物、緑茶などがあります。今回は、それらのうち食塩ついてお話します。
食塩と胃がん |
食塩と高血圧の関係はよく知られた事実です。すなわち、食塩摂取量の多い地域の住民は血圧が高く、少ないと血圧は低いということです。南米アマゾン川上流域に住むヤノマミ族は世界中でもっとも文化変容の影響を受けていない先住民族です。狩猟と焼畑農業中心の生活で栽培した穀物や採取した果物・昆虫などを食べ、主食はバナナ・キャッサバ。調味料としての塩が存在せず、摂取する食塩が極端に少ないという特徴があります。彼らの血圧は驚くほど低く、平均すると収縮期血圧96.0㎜Hg(78.0~128.0㎜Hg)、拡張期血圧60.6㎜Hg(37.0~86.0㎜Hg)でした。
食塩を多く摂る地域では年齢(加齢)と共に血圧が上昇してきます。しかし、彼らの血圧は一生を通じてほとんど変わらず、高血圧とは無縁の生活を送っています。近年、食塩摂取量と血圧の関係は世界的規模で観察され科学的事実として広く認められています(Intersalt研究など)。
一方、食塩と胃がんの関係は、食塩と高血圧の関係ほどには知られていません。しかし、食塩摂取量の多い地域では胃がんの発生率が高いという事実があります。
食塩摂取量と胃がんの国際比較 |
全世界ではがんによる死亡のうち胃がんは第2位です。その2/3は開発途上国により占められています。日本は開発途上国ではありませんが、韓国と並んで胃がんの多発国です。なぜでしょうか?
韓国と日本は食事中の塩分が多いという共通点があります。同じアジアの国でもタイやインドは香辛料を多く使う食習慣です。これらの国では胃がんの発生率は高くはありません。
世界24か国39か所で塩分摂取量と胃がんによる死亡率の関係を調べる研究が行われました。塩分摂取量を正確に知る方法は案外難しいものです。この研究では1日に排泄される尿中のナトリウム量を食塩に換算しています。
その結果、食塩摂取量の多い国(地域)ほど胃がんによる死亡率が高いことが示されました。もっとも死亡率の少ない米国と比べると、日本は6~7倍位の高い胃がん死亡率となっています(Intersalt研究、図1、2)。
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日本での食塩摂取量と胃がんの関係 |
以前より、胃がんは秋田・山形・新潟などの東北・北陸地方の日本海側に多く、西日本特に九州や沖縄では低いことが指摘されていました。
食塩摂取量と胃がんの死亡率の関係を調べた疫学調査です。塩分摂取量の多い地域ほど胃がんによる死亡率が高いことが示されています。
もっとも高い秋田県と沖縄県では約2倍の差があります。男性に限ると約3倍の差にもなっています。漬物や塩蔵魚介を多く食べる東北・北陸の食事。一方、チャンプルに代表される沖縄。塩分の使用量の差は一目瞭然のようです(図3)。
日系移民の胃がん罹患率 |
世界的には胃がんの発生率(罹患率)は減少しています。欧米でも20世紀中ごろまでは胃がんはもっとも多いがんの一つでした。しかし、最近では減少しており、今や珍しいがんの一つになっています。
日本では、もっとも多いがん(発生数)ですが、減少を続けています。なにか有効な方法が取られた訳ではありません。その大きな理由の一つに世界共通の要因があると考えるが妥当でしょう。
その要因とは各家庭に冷蔵庫が普及したことと食品などの輸送システムが整備され、食品の保存の必要性が減少し食品を塩蔵にする必要がなくなってきたことと一致します。
また、食塩摂取量は移住により食習慣を変えた人々を観察することでも分かるを思います。
たとえば、ハワイ在住の日系人は比較的速やかに胃がんが減少しました。一方、ブラジル移民の日系人の胃がんの減少はハワイに移住した日系人と比べ緩やかです。彼らには味噌汁などの日本特有の塩分濃度の高い食品を用いる食文化が長く残っていたようです(図4)。
食塩・塩蔵食品と胃がんの関係(多目的コホート研究 JPHC研究) |
平成2年(1990年)、岩手県二戸・秋田県横手・長野県佐久・沖縄県石川という4地域に住む40~59歳の男女約4万人に食事や喫煙などの生活習慣に関するアンケート調査が実施されました。その後10年間の追跡調査がなされています(多目的コホート研究 JPHC研究)。
男性では食塩摂取量が高いグループで胃がんリスクも明らかに高く約2倍となっています。女性では明らかな関連が見られませんでした(図5)。
その中で食塩・塩蔵食品摂取と胃がん発生率(リスク)との関係も調査されました。この前向き追跡研究によって、高濃度の塩分を含む食品をよく食べる人では、胃がんリスクが高くなることが示されました。
日本食に特有の塩分濃度の高い食品には、味噌汁・つけもの・塩蔵魚卵(たらこ、いくらなど)・塩蔵魚介(塩辛、練りウニ)などがあります。それぞれの食品について摂取頻度別にグループ分けして胃がんリスクが検討されています。
男性ではいずれの食品でも摂取回数が増えるほど胃がんリスクも高くなりました。また、塩分濃度が10%程度と非常に高い塩蔵魚卵と塩辛、練りウニなどでは、男女ともによく食べる人で胃がんリスクが明らかに高くなっています(図6)。
食塩とヘリコバクター・ピロリ感染の関係 |
胃がんの最大の原因であるヘリコバクター・ピロリ感染と食塩の関係を検討した研究です。味噌汁や漬物などの高塩分食品の摂取回数が高い人ほどピロリ菌感染率が高いという結果でした(JPHC研究、図7)。
また、動物実験でも高塩分食環境ではピロリ菌感染が成立しやすいということも示されています。
食塩と胃がん ー そのメカニズム |
では、なぜ高塩分の食品が胃がん発生の原因になるのでしょうか? 高濃度の食塩は胃の粘膜を保護している粘液層を破壊し、粘膜を傷つけ慢性的な炎症を引き起こすためと考えられています。それらはピロリ菌が生着するには好都合の環境です。また、炎症を起こした胃粘膜は格好の胃がん発生母地となります。
タコの塩もみをイメージすると分かりやすいと思います。タコを茹でる前にヌメリを取るため大量の塩で揉みます。これと同じ原理です。高濃度の塩分は胃の粘液を取り去り、胃粘膜を傷つけます。
食塩とヘリコバクター・ピロリ感染と胃がんの関係 |
このように、食塩と胃がんの間には密接な関係があることがわかりました。さらに、スナネズミを用いた発がん動物実験で食塩とピロリ菌と胃がんの、より詳しい関係が明らかになりました。
発がん物質(MNU:メチルニトロソウレア)をスナネズミに投与します。さらに、その一部にピロリ菌を感染させ(ピロリ菌感染群)、残りは感染させません(ピロリ菌非感染群)。ピロリ菌感染群は特に食塩を加えない通常の餌でも、胃がんを一定の割合(15%)で発生します。この時、食塩濃度が2.5%、5%、10%となる餌を与えると濃度依存的(33%、36%、48%)に胃がんが発生します。しかし、ピロリ菌非感染群では通常食でも高濃度の食塩を与えても胃がんは発生しません。また、スナネズミに発がん物質(MNU)の投与とピロリ感染をそれぞれ単独で行った別の実験でも、胃がんは発生しませんでした。
これは何を意味するのでしょうか? 要約すると次のようになります。
ピロリ菌感染があると食塩の濃度が増す毎に胃がんの発生を促進させます。また、ピロリ菌感染がないと高濃度食塩でも胃がんは発生しません(図8)。
おわりに |
総食塩摂取を抑えることは高血圧などの生活習慣病対策には重要なことです。一方、胃がんは食塩の総摂取量よりも塩分濃度の高い食品との関係があるようです。高濃度食塩はピロリ菌感染率を上昇させます。さらに、動物実験ですがピロリ菌感染を起こしたスナネズミは食塩濃度依存的に胃がんを発生させることが分かりました。
健康と胃がん予防のためのポイント |
参考図書