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糖質制限ダイエット ー その光と影(6)

 

糖質制限ダイエットのエビデンスは信頼できるのか?

 

 糖質制限にもアトキンス・ダイエットのような極端な糖質制限からバーンスタイン・ダイエットや緩やかな糖質制限まで種々あります。それらの糖質制限の効果・有効性を科学的に証明することはできるのでしょうか?

 

 残念ながら、「糖質制限ダイエットはエビデンスに乏しい」と言わざるをえません。右のエビデンスピラミッドの記述研究(症例報告やケース・シリーズ)や患者データに基づかない専門委員会や専門家個人の意見に該当します。

 

 ただし、エビデンスに乏しいといっても、すべてが間違いという訳ではありません。特に、1型糖尿病患者であるバーンスタイン医師は自らを被験者(患者・実験台)とし、当時の医学常識に立ち向かい新しい発想で自らの1型糖尿病を克服した情熱には心からの敬意を払いたいと思います(独り言平成31年4月号)。ただ、エビデンスに乏しいのです。

 

 では、どんな問題があるのでしょうか? その前に炭水化物、糖質、ブドウ糖(グルコース)などに関する基礎的な知識が必要となります。まず、それから見ていきましょう。

 

炭水化物、糖質、ブドウ糖(グルコース)とは

 

 

■炭水化物(糖質)の分類

 

 栄養学上、炭水化物(糖質)は次の様に分類されます。

 

①単糖類は加水分解によってそれ以上分解できない糖質で、3~7個の炭素を持っています。栄養学的には6個の炭素を持つブドウ糖(グルコース)、果糖(フルクトース)、ガラクトースなどが重要です。単糖類のみが小腸(小腸刷子縁)から吸収されます

 

②二糖類※2は2個の単糖が結合したもので砂糖(ショ糖)、乳糖、麦芽糖などがあります。二糖類はそのままでは吸収されません。それぞれの消化酵素(二糖分解酵素:スクラーゼ、ラクターゼ、マルターゼ)により単糖まで分解(消化)され小腸から吸収されます。

 

③オリゴ糖は3~10個の単糖が結合したものをいいます。そのほとんどはヒトの消化酵素では分解(消化)されません。

 

④多糖類は11個以上の単糖が結合したものです。自然界では、そのほとんどでグルコースが原料となります。植物ではでんぷんセルロース、動物ではグリコーゲンの形で貯蔵されています。

 

 ヒトではデンプンやグリコーゲンを分解する消化酵素を持っていて、単糖のグルコースに分解され吸収されます。セルロースを分解する消化酵素は持っていませんが、大腸内の腸内細菌の嫌気発酵により酪酸プロピオン酸などの短鎖脂肪酸に変換されエネルギー源となります。

 

 

※1)糖類(sugars)ブドウ糖果糖といった単糖類や蔗糖(砂糖)などの二糖のこと。に含まれる多糖デンプンとは異なった健康への影響を有するため区別して用いられることがある。

 

※2)主な二糖類の構成単糖類:ショ糖=グルコース+フルクトース、麦芽糖=グルコース+グルコース、乳糖=グルコース+ガラクトース

 

【覚え方】

 管理栄養士の国試対策だそうです。「ぐるぐる回る主婦が楽」

 (グルコース)る(グルコース)る(マルトース)わるしゅ(スクロース)(フルクトース)(ガラクロース)(ラクトース)く

 

 

 

食事内容と食後血糖値

 

 肥満や糖尿病の原因の一つが「食後高血糖」であるとすれば、「炭水化物(糖質)を食べなければよいのだ」と考えてしまいます。ブドウ糖、日本食、高たんぱく質食、高脂肪食を食べた後の血糖値の変動を観察した研究があります(河合幸一 日本内分泌学会誌 1987年)。

 

 日本の混合食(400kcal、炭水化物60%、たんぱく質14%、脂質26%)、高たんぱく食(300kcal、炭水化物26%、たんぱく質64%、脂質10%)、高脂肪食(300kcal、炭水化物23%、たんぱく質5%、脂質72%)を摂取後2時間の血糖値の変化を観察しています。

 

 血糖値が最も上昇したのは75gブドウ糖で、次いで日本食でした。高脂肪食も高たんぱく質食も血糖値はほとんど上昇させていません。この結果をみればエネルギー(カロリー)摂取量は同じでも、糖質だけを減らし、その分を脂質やたんぱく質で摂れば食後の血糖値の上昇を抑えることができそうです。すなわち、糖質制限ダイエットは食後高血糖を抑えることができると言えそうです。

 

 

 

生物学的に重要なグルコース

 

「低糖質ダイエットは食後の高血糖を抑えることができる」となると、糖質制限さえすれば肥満や糖尿病の全てが解決するのでしょうか? いままでは栄養学的な面、すなわちエネルギー源としての糖質を見てきました。では、生物学的な面から糖質、特にグルコースを見てみましょう。

■グルコースとは

 グルコース(glucose)は分子式 C6H12O6を持つ単純な(単糖)です。ドイツの化学者アンドレアス・マルクグラーフによって1747年に干し葡萄(ブドウ)から初めて単離されたためブドウ糖とも呼ばれています。

 

 グルコースは血糖※3として動物の血液中を循環しています。グルコースは植物などに含まれる葉緑体において、太陽光からのエネルギーを使って水と二酸化炭素から光合成によって作られます。作られたグルコースが大量になると浸透圧が高くなり植物にとっても有害となるため、高分子のデンプンとして貯蔵されます。

 

※3)血糖:血液中のブドウ糖(グルコース)の量(㎎/dL)。果糖、ガラクトースは血糖に含まれない。以前は測定精度が低いため果糖や点滴中のマルトースなどの成分も少量入っていたため「糖」と表現されたとのこと。

 

■体内における他の糖質の合成原料となる

①グリコーゲン、中性脂肪に合成され貯蔵される

 動物でも適量のグルコースはエネルギー源として重要である反面、高濃度のグルコースは有害です。高血糖状態が持続した状態は糖尿病と呼ばれています。インスリン作用で肝臓、筋肉ではグリコーゲン(glycogen)に脂肪組織では中性脂肪に変換することで高血糖状態から保護すると共にエネルギー源として貯蔵されます。

 

②乳糖の原料

 動物の乳(ミルク)に含まれる乳糖(ラクトース)はガラクトースとグルコースからなる二糖類です。そのガラクトースは乳腺組織でグルコースから作られています。すなわち、グルコースは乳糖の原料なのです。

 

③核酸中のデオキシリボースの原料

 遺伝子の本体であるDNA(deoxyribonucleic acid、デオキシリボ核酸)はデオキシリボース(deoxyribose)とリン酸塩基から構成される核酸です。デオキシリボース(五炭糖)は細胞内でグルコース(六単糖)から作られます。

同様に、RNA(ribonucleic acid、リボ核酸)中の五炭糖リボース(ribose)もグルコースから作られています。

 

■グルコースは脳のエネルギー源

 

 飢餓時などグルコースが不足した時や糖尿病でグルコースの利用障害がある時などでは、中性脂肪から脂肪酸とグリセロールが作られ、脂肪酸は主として肝臓のミトコンドリアでアセト酢酸やβ-ヒドロキシ酢酸(ケトン体)に変換され心臓や腎などのエネルギー源として利用できます。

 

 通常状態(非飢餓時)のではグルコースがエネルギー源です。脳はグルコースをグリコーゲンや中性脂肪に変換して貯蔵することはできません。脳は飢餓状態や糖尿病の際などグルコースが不足した場合、アセト酢酸が利用できるようになります。飢餓が長引くと脳が必要とする燃料の75%はケトン体で賄われます。

 

 ただし、赤血球では常にグルコースが唯一のエネルギー源です。

 

■自然界では最も普遍的な糖質はグルコース

 

 ヒトは食物からデンプンやグリコーゲンを摂取しています。それらは唾液と膵液中のアミラーゼによりグルコースに分解(消化)されエネルギー源として利用されています。一方、フルクトースやガラクトースなどの単糖類は独自の代謝経路を持っていません。細胞内でグルコースの代謝産物に変換された後、グルコースと同じ代謝経路でエネルギー源として利用されています。

 

 また、脳などでグルコースが不足した時、肝臓でアミノ酸や乳糖、中性脂肪からグルコースに変換されエネルギー源として利用されます。しかし、フルクトースやガラクトースなどの単糖類に変換されることはありません。すなわち、「糖質はグルコースに始まりグルコースに終わる」といえます。

 

 さらに、グルコースは乳(乳糖)や生命の設計図ともいえるDNA、RNAの供給源です。植物界ではデンプンのみならず、構造的役割のセルロースもデンプンとは異なる結合によりグルコースからできています。毎年、地球上では1015kgのセルロースが合成・分解されています。人類の総重量の1000倍に当たるとされています。

 

■糖質制限ダイエットは魅力的。しかし、・・・。

 

 糖質摂取を制限し食後高血糖を抑える。さらに、より厳格な糖質制限により、ケトン体を誘導して食後高血糖抑制と体重減少を図る。糖質制限さえすれば、たんぱく質や脂質(油、脂肪)は自由にいくら摂ってもよい。これらの理論は確かに魅力的です。しかし、以下の疑問が残ります。

本当にたんぱく質や脂肪は自由に摂ってよいのか? 短期的には食後高血糖は抑えられ、糖尿病がよくなったように見えるが、長期的にはどうなのか? 低糖質ダイエットは長続きするのか? 糖質、グルコースを目の敵のようにするのは「自然の摂理」に反しているのでは? 食後高血糖を抑える「他の方法」はないのか? ・・・。