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まとめ
2019年2月より12回にわたり糖質制限ダイエットの功罪(光と影)を見てきました。結論として、それは「推奨できない」または「危険である」と言わざるをえません。再度、その理由を説明することでこのシリーズを終わることにします。
糖質制限ダイエットを1)糖尿病治療の主幹をなす食事療法として捉えるか、2)減量の一方法と捉えるか、により多少考え方が違ってきます。
糖尿病治療の目標とは? |
■日本人の推定エネルギー必要量と炭水化物の摂取基準
厚生労働省の日本人の食事摂取基準2020によると1日の推定エネルギー必要量は年齢、性別、身体活動レベルによりかなりの幅があります(表1)。
また、炭水化物の摂取基準(%エネルギー)は、おおむね50~65%です(表2)。
■各種糖質制限ダイエットの炭水化物摂取率とARIC研究とPURE研究との関係
ここでは仮に1日の摂取エネルギー量を2000kcalとします。その場合の代表的な糖質制限ダイエットの炭水化物摂取比率をみてみましょう。アトキンス・ダイエットの流れを汲む「厳しい糖質制限ダイエット」は60g/日以下、バーンスタイン・ダイエットの流れを汲む「緩やかな糖質制限」は130g/日以下です。炭水化物摂取率は、前者では(60×4)/2000=0.12(12%)、後者では(130×4)/2000=0.26(26%)となります。
もし、1日の摂取エネルギー量を2500kcalとすると、厳しい糖質制限では(60×4)/2500=0.096(9.6%)、緩やかな糖質制限では(130×4)/2500=0.208(20.8%)となります。
ARIC研究での最小死亡リスクの炭水化物摂取率50~55%の死亡率(ハザード比)を1とすると、厳しい糖質制限では1.5倍、緩やかな糖質制限では1.3倍となります。一方、日本人の食事摂取基準2020で推奨される炭水化物摂取量は50~65%はほぼ1です(図1)。
糖質制限ダイエットを斬る |
■アトキンス・ダイエット、スーパー糖質制限食 ⇒ 危険なダイエット
アメリカの医師(心臓外科、循環器病)のロバート・C・アトキンス(Robert Coleman Atkins 1930-2003年)が考案したダイエット法です。アトキンス式低炭水化物ダイエット、ケトン体ダイエット、ローカーボ・ダイエット、糖質制限ダイエットとも呼ばれています。砂糖やパン、白米、パスタなどの炭水化物を一日20〜40gまで制限し、替わりに肉(牛肉・豚肉・羊肉)やベーコン、バター・チーズ、卵などのタンパク質や脂肪(脂質)は自由に摂取してよいというダイエットです。
一時期、米国ではアトキンス・ダイエットはブームになったことがありました。しかし、2003年元祖アトキンスが頭部打撲で死亡。死亡時の体重が116kg(身長180cm、BMI35.8)の肥満であったことによりブームは一気に終焉に向かいました(院長の独り言 第53号 平成31年3月)。
高雄病院(京都)の理事長、江部康二医師が推奨する糖尿病のためのダイエットです。近年、TVなどでもしばしば登場しています。基本的にはアトキンス・ダイエットの流れを汲んでおり、食事1回の糖質摂取量は20g以下、1日60g以下に制限します。糖質の替わりのたんぱく質や脂肪は動物性のものでも好きなだけ食べてよいというダイエットです。
江部氏が「糖質制限ダイエットの正しさが証明された」と、必ずといって良いくらい引用するDIRECT研究。低脂肪食群と地中海食群はエネルギー制限付き、糖質制限群はエネルギー制限なしというハンディ付きでした。低脂肪食群に比べ、地中海食群と糖質制限群は24か月後の体重減少効果が有意に優れていました(p<0.001)。しかし、論文に批判が寄せられ、エネルギー摂取量の推移が公表されました。その結果、エネルギー制限なしのはずの糖質制限群でもエネルギー摂取量が他の2群同様に低下していた。これでは糖質制限の効果を見ているのかエネルギー制限の効果を見ているのか分かりません。また、この研究では卵、牛乳・乳製品以外の動物性の脂肪やたんぱく質の摂取は推奨されていません。すなわち、肉や油(脂)に関しては、元祖アトキンスや江部氏の「肉は好きなだけ食べてよい」という主張とはかなり異なっています。江部氏はこの部分には全く触れようとはしません。
自説に都合の悪い部分を隠し、都合のよい部分のみ抽出する。これを捏造と言わずして何と言うのでしょう(院長の独り言 第58号 令和元年8月、第59号 令和元年9月)。
糖質制限ダイエットの血糖コントロール効果は別として、前2者のダイエットは炭水化物に替わるたんぱく質や脂質(脂肪)の摂取制限をしません。また、植物性、動物性のたんぱく質や脂質(脂肪)の区別もしません。しかも、「肉や油(脂)はいくらでも食べてもよい」というキャッチコピー付きです。これでは危険なダイエットであると言わざるをえません。
■バーンスタイン・ダイエット、緩やかな糖質制限食 ⇒ 推奨できない
1型糖尿病患者であるアメリカの医師リチャード・K・バーンスタイン(Richard K Bernstein)が考案したダイエット法です。自らを実験台として試行錯誤を繰り返した末に、「血糖コントロールがうまくいかない原因は、その当時は常識とされていた低脂肪・高炭水化物食である」との結論に達しました。一日の炭水化物摂取量を130gまで制限し、炭水化物に替わる脂肪(脂質)の積極的摂取を勧めます。ただし、動物性・植物性のたんぱく質・脂質の区別がありません(院長の独り言 第58号 令和元年8月、第59号 令和元年9月)。
近年の米国民に蔓延する肥満(BMI≧30、日本ではBMI≧25)は深刻で社会問題となっています。その原因は脂肪の過剰摂取ではなく、糖質の過剰摂取にあることは種々のデータからも明らかです。その大半は果糖(コーン等のデンプンからのブドウ糖を化学的に果糖に変換した果糖ブドウ糖液糖を含む)の過剰摂取によります。その場合、糖質制限は有効でまず行うべき対策です。また、1型糖尿病や2型糖尿病で肥満例や食後高血糖を呈する例でも有効でしょう。ただし、炭水化物に替わるたんぱく質や脂肪の供給源として、動物ベースを避け、植物ベースを中心にする必要があります。
北里大学病院糖尿病センター長の山田悟医師が推奨する糖尿病のためのダイエットです。基本的にバーンスタイン医師の1日130gの糖質制限を受け継いでいます。糖質は1食あたり20~40g、3食で120gまでに制限、間食は10gまで可。1日合計130gまでとしています。やはり、炭水化物に替わるたんぱく質や脂肪の供給源(植物性、動物性)に関する検討が、ほとんどなされてないことに注意が必要です。動物性のたんぱく質・脂質は原則として制限がありません。
山田氏はDIRECT試験でも江部氏と同じく、自説に不都合な部分に関する記載やコメントを避けています。また、ARICを含む8つのコホート研究の結果を証明するには「無作為割り付け臨床介入研究」が必要であるとも主張しています。ならば、糖質制限ダイエットの正しさを証明するには、それが生命予後を改善するという「無作為割り付け臨床介入研究」を行うか、それを行ったコホート研究のメタアナリシスを行うべきでしょう。どちらも、極めて困難で現実的にはまず不可能と言ってよいでしょう。これにチャレンジしたDIRECT試験をみても明らかです(院長の独り言 第58号 令和元年8月、第59号 令和元年9月)。
ARIC研究を含む8コホートからみた糖質制限ダイエット(まとめ) |
マウスの実験から始まり、アトキンス・ダイエット(厳しい糖質制限)、バーンスタイン・ダイエット(緩やかな糖質制限)、DIRECT試験、能登氏のメタアナリシス、PURE研究、ARIC研究を含む8つのコホート研究で糖質制限ダイエットをみてきました。私見も交えてこれらを纏めてみたいと思います。
■糖尿病の血糖コントロールに関して
■糖質制限ダイエットと死亡リスク
註解 |
1)一次予防(primary prevention):病気になる前の健康者に対して、病気の原因と思われるものの除去や忌避に努め、健康の増進を図って病気の発生を防ぐなどの予防措置をとることを一次予防という。二次予防は病気になった人をできるだけ早く発見し、早期治療を行い、病気の進行を抑え、病気が重篤にならないように努めることをいう。三次予防は病気が進行した後の、後遺症治療、再発防止、残存機能の回復・維持、リハビリテーション、社会復帰などの対策を立て、実行することをいう。
2)コホート研究(cohort study):特定の要因(年齢・疾患・リスクファクター、治療内容など)を持つ集団を設定し、その要因の有無により選択した集団を追跡しアウトカム発生の有無を調べ要因との関連性を調べる研究(前向き研究)です。最初の特定の要因を満たしている集団をコホート(cohort)といいます。もともと古代ローマの歩兵隊を意味する言葉で、300~600名からなる兵隊の群がある方向に向かって整然と進んでいく様子が想起されます(院長の独り言 第56号 令和元年6月)。
3)肥満(obesity):肥満の評価には、本来は体脂肪率や体組成の計測が行われるべきであるが、それらの計測は通常は困難である。このため、身長と体重から、簡便に計算できるBMIが使用される。BMI(Body Mass Index)は[体重(kg)]÷[身長(m)2]で求められる。日本ではBMI≧25を肥満とするが、WHOや欧米ではBMI≧30を肥満とする。
4)交絡因子(confounding factor):「コーヒーを飲む人は肺がんになりやすい」という話がある。実はこの話、コーヒーを飲む人は飲みながらタバコを吸うことが多かったということ。コーヒー好きだから肺がんの発生率が高かったのではなく、コーヒー好きには喫煙者が多かったため肺がんの発生率が高かったというだけの話。喫煙の有無でグループ分けし、それぞれをコーヒー好きの人とそうでない人の肺がん発生率を比べるとコーヒーと肺がん発生率に差はなくなり、コーヒーは肺がん発症とは無関係であることが分かる。喫煙という因子が交絡因子(confounding factor)として働き、コーヒー好きには喫煙者が多いという事から交絡(confounding)という現象が生じたため。この交絡を交絡バイアス(confounding bias)と呼ぶことがある(院長の独り言第55号 令和元年5月)。
5)ダイエットソーダ(diet soda):人工甘味料を使った炭酸飲料。しかし、人工甘味料は味覚刺激を通じて「甘いもの中毒(依存症)」を悪化させ、腸内細菌叢を乱して耐糖能に異常をもたらし、糖尿病や心血管疾患のリスクを高めることが分かってきています。この研究では、すでに肥満の人が人工甘味料の摂取が多いという交絡因子のバイアスがかかっている可能性があるため、もう少し追加の検証が必要。
6)パーセンタイル(percentile):データを小さい順から並べて100個に区切り、小さい方からどの位置にあるかを見る方法。例えば、50パーセンタイルは50/100のところにあるデータ、75パーセンタイルは75/100のところにあるデータ。ある人がテストを受け、成績は85パーセンタイルと判定されたとする。その人の成績は下から85番目、上位から15番目となる。100分率「パーセント(percent)」と誤解されることがあるが別物。
7)サービング、ポーション:サービングサイズ、ポーションサイズのこと。
8)メッツ(Mets):Metabolic equivalentsの略で運動や身体活動の強度の単位。安静時(横になったり座って楽にしている状態)を1とした時と比較して何倍のエネルギーを消費するかで活動の強度を示す。歩く・軽い筋トレをする・掃除機をかける・洗車する・子供と遊ぶ(中強度)などは3~3.5メッツ程度、やや速歩・ゴルフ(ラウンド)・通勤で自転車に乗る・階段をゆっくり上るなどは4~4.3メッツ程度、ゆっくりとしたジョギングなどは6メッツ、エアロビクスなどは7.3メッツ、ランニング・クロールで泳ぐ・重い荷物を運搬するなどは8~8.3メッツといったように、様々な活動の強度がある。
9)十分位(decile):小さい順に並べたデータを10のグループにその数が等しくなるように分けられる値を10分位数と言う。第3十分位とはデータ最小値から3番目のデータのこと。4つのグループに分けると四分位、5つのグループに分けると五分位となる。
10)95%CI(95%confidence interval、95%信頼区間):95%信頼区間とは、母平均が95%の確率でその範囲にあるということを表しています。これは、「正規分布に従う母集団から標本を取ってきてその平均から95%信頼区間を求めた時に、その区間の中に95%の確率で母平均が含まれる」という意味だと思う人がいるかもしれませんが、これは間違いです。
母平均は決まった値(定数)であり、確率的に変化することはありません。つまり、算出された信頼区間に母平均が「含まれる」か「含まれない」かのどちらかしかありえません。したがって、「母平均が、95%の確率で推定した信頼区間に含まれる」と言うことはできません。
正しくは、「母集団から標本を取ってきて、その平均から95%信頼区間を求める、という作業を100回やった時に、95回はその区間の中に母平均が含まれ、5回は含まれない」という意味です(BellCurve 統計WEBより)。