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糖質制限ダイエットーその光と影(10)

炭水化物摂取量が多いと総死亡リスクを増加させる!?

 

 

 低炭水化物ダイエットは短期間で減量できるという理由で注目されており、社会現象化しているといっても過言ではないでしょう。一方、近年行われた北米およびヨーロッパでの長期的かつ科学的な複数の大規模コホート研究では、炭水化物制限により死亡リスクが増加する可能性もあることが示唆されています。

 

 炭水化物を制限すると、通常その替りに、たんぱく質や脂肪またはその両方の摂取量が増えてしまいます。これまで、置き換えられたたんぱく質や脂肪が長期的な健康や死亡リスクへの影響に関しては十分に検討されていませんでした。
2017年に発表されたPURE研究では炭水化物の摂取量が増えると死亡リスクが上昇するという結果がでました。また、2018年に発表された4つのコホート研究(ARIC研究)では炭水化物摂取量は多すぎても少なすぎても死亡リスクが上昇するという結果がでました。ここではPURE研究とARIC研究、それらを加えたメタアナリシスを紹介いたします。まず、PURE研究からです。

 

 

PURE研究

 

炭水化物摂取量が多いと総死亡リスクが増加する。こんな研究結果が世界5大医学誌1)の一つランセット(英国)に掲載されました。その結果、糖質制限推進論者は「我が意を得たり!」「糖質制限の正しさが証明された」と色めき立っています。はたして、そうでしょうか?

 カナダのMcMaster大学のMahshid Dehghanらは、5大陸18ヵ国において脂肪・炭水化物摂取が総死亡・心血管疾患におよぼす影響について大規模疫学前向きコホート研究(PURE Prospective Urban Rural Epidemiology:都会・田舎における前向き疫学研究)を行いました。Associations of fats and carbohydrate intake with cardiovascular disease and mortality in 18 countries from five continents (PURE):a prospective cohort study 

 

 18ヵ国を所得別に高所得3国(カナダ、スウェーデン、アラブ首長国連邦)、中所得11国(アルゼンチン、ブラジル、チリ、中国、コロンビア、イラン、マレーシア、パレスチナ自治区、ポーランド、南アフリカ、トルコ)、低所得4国(バングラデシュ、インド、パキスタン、ジンバブエ)と3グループに分けた前向きコホート研究2)です。日本、米国、英国などは含まれていません。

 

 食事摂取状況を24時間思い出し法(アンケート調査)による食事摂取頻度調査票(FFQ:Food Frequency Questionnaire3)を用い、その国ごとの食品成分表を用い栄養分析を行いました。35~70歳でアンケート調査に回答した148,723人のうち、適度なエネルギー摂取量4)(500~5000kcal/日)で心血管疾患5)を持つ人を除いた135,335人(平均年齢50.3歳、男性41.7%、喫煙率21.1%、糖尿病患者7.1%)が対象となりました。

 

 2003年1月1日~2013年3月31日の間、3年・6年・9年ごと、中央値6)7.4年(5.3年~9.3年間)の追跡調査がおこなわれました。主要評価項目は、全死亡および主要心血管イベント7)(致死的心血管疾患、非致死的心筋梗塞、脳卒中、心不全)。副次評価項目は、心筋梗塞、脳卒中、心血管疾患死、非心血管疾患死です。

 

 炭水化物、脂質(総脂質と種類別[飽和脂肪酸8]、一価不飽和脂肪酸9)、多価不飽和脂肪酸10)])およびたんぱく質の摂取量を、最小から最大まで5つのグループに分け(5分位11))、摂取量と各評価項目との関連について多変量Cox frailtyモデル12)を用いハザード比13)(Hazard Ratio:HR)を算出。

 

 追跡調査期間中に5,796人が死亡。そのうち1,649人は心血管疾患、3,809人が非心血管疾患、338人は外傷で死亡。また、4,784件の心血管イベント(心筋梗塞2,143件、脳卒中2,234件)がありました。アフリカを除く地域での非心血管疾患死の死因の第1位はがん、第2位は呼吸器疾患でした。アフリカでは第1位は感染症、第2位は呼吸器疾患でした。

 

 各栄養素摂取比率と主要評価項目との関連は以下の通りです。

① 炭水化物(糖質)(表1)
 総死亡:炭水化物の摂取量が多いほど全死亡リスクが高く、最低5分位群(エネルギー比中央値46.4%)に対する最高5分位群(同77.2%)のHRは1.28(95%信頼区間14)95%CI:1.12~1.46、p=0.000115))であった。

 

 心血管疾患・心血管疾患死:リスクとの関連は確認されなかった。

 

 非心血管心疾患死:炭水化物摂取量が多いほど死亡リスクは上昇。最低5分位群に対する最高5分位群のHRは1.36(95%信頼区間[CI:1.16~1.60、p<0.0001)であった。

 


② 脂質(表2)
 総死亡:総脂質および種類別のいずれも、摂取量が多いほど全死亡リスクは低かった。最低5分位群に対する最高5分位群のHRは、総脂質が0.77(95%CI:0.67~0.87、p<0.0001)であった。

 心血管疾患・心血管疾患死:リスクとの関連は確認されなかった。

 

 非心血管心疾患死:脂肪摂取量が多いほど死亡リスクは低下。最低5分位群に対する最高5分位群のHRは0.70(95%信頼区間[CI]:0.60~0.82、p<0.0001)であった。

 


③ たんぱく質(表3)
 総死亡:たんぱく質摂取量が多いほど全死亡リスクは低かった。最低5分位群(エネルギー比中央値10.8%10.8%)に対する最高5分位群(同19.7%)のHRは0.88(95%CI:0.77~1.00、p=0.0030)であった。

 

 心血管疾患・心血管疾患死:リスクとの関連は確認されなかった。

 

 非心血管疾患死:たんぱく質摂取量が多いほど死亡リスクは低下。最低5分位群(エネルギー比中央値0.85%)に対する最高5分位群(同19.7%)のHRは0.85(95%CI:0.73~0.99、p=0.0022)であった。

 

 

 

 

 

PURE研究に対する疑問点

■炭水化物摂取量が多いと本当に死亡リスクが増えるのか?
 炭水化物摂取量増加と関連があったのは総死亡(P<0.0001)と心血管疾患以外による死亡(p<0.0001)です。心筋梗塞や脳血管障害による死亡とは関連が認められませんでした(p=0.50)。アフリカ以外の地域での非心血管疾患死の死因の第1位はがん、第2位は呼吸器疾患。アフリカでは第1位は感染症、第2位は呼吸器疾患でした。そのため、次のような疑問が生じます。

 

 アフリカなどの低所得国では「貧困や食料難による慢性的な栄養失調状態である」「劣悪な衛生状態・十分な医療サービスが受けられない」などのため感染症などにより短命になっている。欧米などの経済的に豊かな国では当たり前のパンや肉・バターなどが貧困のため入手できない。その結果、ほとんどのエネルギーを炭水化物で摂らざるを得ない。すなわち、次のようにいえるかもしれません。高炭水化物食は貧困のバロメーターである。高炭水化物食は貧困と死亡の交絡因子16)である。貧困のため炭水化物摂取量が増え死亡リスクが上昇するが、炭水化物摂取増加と死亡リスク上昇には直接の因果関係はない。

 

■脂肪摂取量が多いと死亡リスクが減少するのか?
 炭水化物と同じことがいえるかもしれません。脂肪摂取量が増えると死亡リスクが減少するのではなく、脂肪摂取が減ると死亡リスクが増加する。すなわち、脂肪摂取量の減少は貧困によるもので、貧困が死亡リスクを上昇させている訳です。従って、脂肪摂取量を増やせば増やすほどよいということにはなりません。

 

 

 

質制限の有用性や安全性が証明された訳ではない!

 

このコホート(PURE)研究の結果を受けて、糖質制限推進論者の京都・高雄病院理事長・江部康二氏は「糖質制限の有効性と安全性が証明された」と主張しています。はたしてそうでしょうか?

 

■炭水化物と死亡リスク

 炭水化物からのエネルギー摂取比率が最も低かったグループ(第1五分位)の炭水化物比率は46.4%(42.6~49.0%)でした。それより少ない炭水化物摂取に関しては、この研究では検討されていません。

 

 炭水化物(糖質)、脂質、たんぱく質の1gあたりのエネルギーは、それぞれ4kcal、9kcal、4kcalです。炭水化物のうち食物繊維はエネルギーにはならないので炭水化物=糖質と考えることにします。日本人の平均エネルギー摂取量を2000kcalとすると、そのうち46.4%を占める炭水化物のエネルギー量は928kcalとなります。これは232gの炭水化物に相当します。江部氏の主張する60g/日以下の糖質は240kcal/日以下となります。山田氏の主張する130g/日以下の糖質は520kcal/日以下となります。これらはそれぞれ、摂取総エネルギーの12%(240/2000=0.12)、14~26%(520/2000=0.26)となります。

 


この論文の筆者は次のようなコメントをしています。炭水化物の摂取割合を低くしすぎることを支持するものではない。一定量の炭水化物は、運動時の短期間のエネルギー需要を満たすのに必要であり、程よい摂取(例えば総エネルギーの50~55%)は炭水化物の高すぎる摂取や低すぎる摂取と比べて適切であろう。

 

 重ねて言います。このコホート研究では炭水化物40(42.6)%以下は検討対象外です。このような記述に対して江部氏は全く触れていません。さらに、筆者は炭水化物摂取量増加と死亡率の増加は非直線的とはっきり述べているにも関わらず、図2)の左下下がりの勝手な予想線を、さもPURE研究の著者が述べているごとくの発言をしています。まさに「こじつけ」「詭弁」以外の何物でもありません。北里大学糖尿病センター長・山田悟氏は、さすがに江部氏のようなこじつけ・詭弁は行っていませんが、炭水化物50~55%には根拠がないと反論しています。はたして真実は? 次回、それに対する解答ともいえるARIC研究を紹介します。

 

 

 

註解

 

  1. 世界5大医学誌:掲載する論文のインパクトファクターの高さにより国際的に信頼されている5種類の総合医学雑誌。インパクトファクター(impact factor:IF)は、Journal Citation Reportsにて2018年9月20日に発表された2017年のもの。出典:ウィキペディア(Wikipedia)

以上4誌を世界4大医学誌とよぶこともある。

  1. コホート研究(cohort study):特定の要因(年齢・疾患・リスクファクター、治療内容など)を持つ集団を設定し、その要因の有無により選択した集団を追跡しアウトカム発生の有無を調べ要因との関連性を調べる研究(前向き研究)。最初の特定の要因を満たしている集団をコホート(cohort)という。もともと古代ローマの歩兵隊を意味する言葉で、300~600名からなる兵隊の群がある方向に向かって整然と進んでいく様子が想起できる。院長の独り言 令和元年6月号
  2. 食事摂取頻度調査票(FFQ:Food Frequency Questionnaire:普段の食事状況および栄養摂取状況を1回のアンケート調査にて把握することを目的に開発されたアンケート用紙。任意の栄養素に着目し、その摂取量の大小をもって集団をグループ分けするような用途に最適。
  3. エネルギー摂取量カロリー(cal)とは、エネルギーの単位の一つ。エネルギーの単位には、ほかにも「ジュール(J)」がある。ジュールは主に科学の分野で使われており、食品に含まれるエネルギーの単位を表すときにはカロリーを用いるのが一般的。1calは、水1gを1気圧のもとで1℃上昇させるのに必要な熱量と定義されている。1000cal=1kcal。
  4. 心血管疾患Cardiovascular disease、CVD:心臓や血管に関連した病気(疾患)のこと。ここでは、狭心症・心筋梗塞・心不全、脳血管障害(脳出血・脳梗塞など)などをいう。
  5. 中央値(median代表値の一つで、データを小さい順に並べたとき中央に位置する値。中央値は平均値と類似した目的で使うが、用途によっては中央値のほうが平均値(mean)よりも優れていることがある。例えば、年収の場合を考えてみると分かりやすい。7人のグループの年収が少ない順に240万円、290万円、300万円、340万円、400万円、420万円、600万円であったとする。このグループの平均年収は(240+290+300+340+400+420+600)÷7=370万円となる。一方、年収の中央値は左から4番目(真ん中)の人の340万となる。ここで一人だけかけ離れた年収(3000万円)の人がいたとする。平均年収は(240+290+300+340+400+420+3000)÷7=713万となる。一人の高年収が、このグループの平均年収を吊り上げてしまっているため、実態とは大きくかけ離れてしまっている。。しかし、中央値は4番目の年収340万のままである。中央値は普通の人の年収(生活水準)により近くなる。240万円、290万円、300万円、340万円、400万円、420万円、600万円、650万円と8人(偶数)の場合は4番目と5番目の人の年収の平均、(340+400)÷2=370万円が中央値となる。
  6. 心血管イベント(event):一般的なイベントとは、(重要な)出来事・事件・行事のこと。

医学でのイベントとは、一度だけ非再起的に起こる事象のこと。何回も繰り返す現象・症状の事は言わない。

心血管イベントとは、心血管疾患(狭心症・心筋梗塞、脳血管障害など)の初回発症のことをいう。

  1. 飽和脂肪酸炭素鎖に二重結合あるいは三重結合を有しない(水素で飽和されている)脂肪酸のこと。飽和脂肪酸は同じ炭素数の不飽和脂肪酸に比べて、高い融点を示す(常温で固まる)。 肉、牛乳バター卵黄チョコレートココアバターココナッツパーム油などに多い。多量の飽和脂肪酸の摂取は心血管疾患のリスクを高めるとされる。
  2. 一価不飽和脂肪酸:一般にオレイン酸と呼ばれる成分からできていて、ヘット(牛脂)やラード(豚脂)などの動物性の脂肪やオリーブ油などに含まれている。オレイン酸は酸化されにくいことから、発ガンの元とされる過酸化脂質を体内でつくりにくいという特徴がある。また、血管内に増え過ぎると動脈硬化の原因になるとされる悪玉コレステロールを減らすという働きもある。
  3. 多価不飽和脂肪酸:n-3系脂肪酸とn-6系脂肪酸がある。両者とも人の体内では合成できない(必須脂肪酸)。主にリノール酸からなるn-6系脂肪酸は、サラダ油などの植物性油脂に多く含まれていて、血中のコレステロール値を低下させる作用がある。ただし、過剰摂取により善玉コレステロールが減少する。

主にリノレン酸からなるn-3系脂肪酸は、しそ油・エゴマ油・アマニ油などの植物性油脂に多く含まれている。体内に摂取されると魚の油に多く含まれているEPA・DHAに変換される。EPAやDHAは血液をサラサラにし、虚血性心疾患や高血圧、動脈硬化などの予防作用や抗アレルギー作用をもっている。

  1. 五分位:データを小さい順から大きい順に5分割し、下から順に並べて最小のグループを第1五分位、次に小さいグループを第2五分位、次いで第3五分位、最大のものを第5五分位という。10に分けると十分位という。例えば、家庭を収入別に5つに分けて(五分位)色々な要素を分析する場合などに用いられる。
  2. 多変量Cox frailtyモデル:生存時間分析はイベントが起きるまでの時間とイベントとの間の関係に焦点を当てる分析方法。医学分野においては疾患の病気の再発や死亡などを対象とした研究分野である。多変量Cox frailtyモデルとは生存時間分析においてよく使われる手法の一つ。
  3. ハザード比:「1」が基準となり、「1」より大きい場合はリスクが高くなり、「1」より小さい場合はリスクが小さくなることを表している。ハザード比が「1」を超えている場合(例えば、1.25)は、「死亡や病状進行のリスクが対照群に比べて25%高くなる」。逆に、ハザード比が「1」を超えていない場合(例えば、0.77)は、「死亡や病状進行のリスクが対照群に比べて23%低くなる」ということを意味する。
  4. 95%信頼区間(95%confidence interval、95%CI):95%の確率で母集団の平均値が含まれているような範囲。例えば、「ある集団(母集団)から何人かを抽出して計算した身長の95%信頼区間は、もともとの集団の本当(真の)平均値を95%含んでいる」といったイメージ。ただし、これは本来の定義とは異なる表現。詳しくは次号で説明。
  5. p値:確率(probability)の頭文字で0~1の間の値。p値は小さくなればなるほど、誤る確率は低くなる。通常p<0.05(誤差や偶然により、誤った結果が得られる可能性が5%未満)であれば統計学的に有意であるとされる。例えば、本文の表1)の炭水化物摂取比率と主要評価項目で、総死亡(p=0.0001)、非血管疾患死(p<0.0001)は統計学的に有意である。しかし、心血管疾患(p=0.62)と心血管疾患死(p=0.50)は、図1)のグラフでは一見すると関連がありそうにみえるが、統計学的には「有意ではない」となる。
  6. 交絡因子:「コーヒーを飲む人は肺がんになりやすい」という話があります。実はこの話、コーヒーを飲む人は飲みながらタバコを吸うことが多かったということです。コーヒー好きだから肺がんの発生率が高かったのではなく、コーヒー好きには喫煙者が多かったから肺がんの発生率が高かったというだけの話しでした。これを貧困と炭水化物摂取増加と脂肪摂取減少と総死亡増加の交絡バイアスをみると次のようになる。貧困(交絡因子)により脂肪摂取量減少、炭水化物摂取量が増加。見かけ上は脂肪摂取量減少と炭水化物摂取量増加が総死亡増加をもたらしたようにも見えるが、実は「真の原因は貧困にあった」とみることができるかもしれない。これを確かめるには低所得国の中で所得別に炭水化物摂取量や脂肪摂取量と総死亡を検討する必要がある。しかし、統計的な処理はできても、実際に実行するのは無理かもしれない(院長の独り言 令和元年5月号)。