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母乳中の乳糖はグルコースとガラクトースからできている |
哺乳類は文字通り仔を母乳で育てる動物です。母乳の主成分の糖質、タンパク質、脂質などは動物の種により構成成分やその含有量は大きく異なります。当然、母乳中の糖質の占める割合も大きく異なります。オットセイ、アザラシ、クジラなどの水棲哺乳類を除くほとんどの哺乳類の母乳には、糖質として乳糖とオリゴ糖が含まれています。その比率は種により様々ですが、他の糖質はほとんど含まれていません。すると、以下の様な疑問が湧いてきます。
以下に私見も交えながらではありますが、これらの疑問について考察してみましょう。
母乳中の糖質が乳糖である理由 |
①単糖ではなく2糖およびオリゴ糖
②乳糖とガラクトースの行方と役割
母乳の糖質が乳糖でなくショ糖だったら? |
もし、母乳の糖質が乳糖ではなくショ糖(砂糖)(以下、ショ糖の母乳)であったとしたら、一体どんなことになるでしょうか? ショ糖はブドウ糖と果糖からなる2糖類です。乳糖の甘味度(甘さ)はショ糖(砂糖)の16%(15~25%)です。すなわち、ショ糖は乳糖の約5倍の甘さです。人の母乳100mLには炭水化物は約7g、そのうち乳糖は約6g含まれています。清涼飲料水のポカリスエット100mLにはショ糖と果糖(果糖ブドウ糖液糖)が6.2g含まれています。「ショ糖の母乳」はポカリスエットと同程度の甘さです。赤ちゃんには胎児の頃より「甘み」を感じる味覚が十分に備わっています。そして、甘味はエネルギー源となる糖の存在を教えてくれる働きがあり、赤ちゃんが最も好む味だそうです。誕生直後からポカリスエット位の甘さの母乳で成長したとすると、その後の味覚(甘み)に対する嗜好・習性は一体どの様な事になるか、想像に難くはないでしょう。麦芽糖(マルトース)の甘味度はショ糖の32%です。離乳期以降も味覚の嗜好は容易に変わる物ではありません。デンプンやグリコーゲン、その消化産物の麦芽糖の甘みでは満足できないに違いありません。「もっと甘い物を!」となり、ショ糖・果糖漬となり、その後「肥満一直線の人生」が待ち構えていることでしょう。
また、授乳期は乳糖をブドウ糖とガラクトースに加水分解するラクターゼ活性は高いのですが、ショ糖をブドウ糖と果糖に加水分解する消化酵素のスクラーゼの活性は低く、「ショ糖の母乳」は消化吸収できず下痢・消化不良をきたし赤ちゃんは育ちません。スクラーゼは授乳期を過ぎ離乳食を開始する頃より徐々に活性が高くなります。赤ちゃんに離乳食としてショ糖が含まれている果物を与える時期は生後5~6ヶ月頃より少量から開始するとされている理由の一つです。同様に、多糖類のデンプンやグリコーゲンの消化酵素アミラーゼや2糖類の麦芽糖(マルトース))の消化酵素マルターゼも授乳期は酵素活性が低く生後5~6ヶ月より活性が上昇します。このように授乳期の赤ちゃんには炭水化物のうち乳糖のみが利用できる糖質です。
乳糖分解酵素(ラクターゼ)は授乳期を過ぎると活性が低下する |
乳糖は原則として授乳期の母乳にのみ存在する糖質です。したがって、その分解酵素ラクターゼは授乳期を過ぎ離乳期になると急速にその活性は低下し、乳糖を消化・吸収できなくなります。牛乳を飲むとお腹がゴロゴロ鳴る人がいます。授乳期後の離乳期さらに幼児・成人になると乳糖分解酵素ラクターゼが減少するため牛乳中の乳糖を消化・吸収できません。その結果、高濃度の乳糖は小腸で大量の水分を引き込み水溶性の下痢を引きおこします。また、未消化のまま大腸に送られた乳糖は大腸内の細菌により発酵され、水素やメタンなどのガスを発生させ腹部膨満や腹鳴(お腹がゴロゴロ鳴る)、腹痛などをきたします。このような状態を乳糖不耐症といいます。
牛乳アレルギーは乳糖不耐症とは異なり、食物アレルギーのひとつです。原因となる食物を摂取した後にアレルギー反応が起こり、腹痛・下痢・じんましん・呼吸困難・アナフィラキシー反応などをきたす、より深刻な病態です。原因物質は牛乳に含まれるカゼインやβラクトグロブリンなどのタンパク質です。乳幼児に多く3歳以降には自然治癒することが多いとされています。乳糖不耐症と牛乳アレルギーは腹痛、下痢など症状が似ていますが、牛乳アレルギーが疑われる場合は医療機関で相談されるとよいでしょう。
乳児ではラクターゼの量は豊富で母乳や牛乳の消化を可能にしています。しかし、多くの民族(黒人やヒスパニック系は80%、アジア系は90%以上)では離乳後はラクターゼの量が減少します。したがって、これらの民族の年長児や成人は大量の乳糖を消化できません。一方、欧州北西部に起源をもつ白人や北アフリカやアジアの乾燥地帯に住む民族は乳製品の消費や接する機会の多いため、生涯にわたってラクターゼが作られ、成人になっても牛乳や乳製品を消化することができます。ただし、乳糖不耐症であっても小腸内の乳酸菌や大腸内のビフィズス菌などの善玉菌が乳酸や酢酸に、さらには他の善玉腸内細菌によりプロピオン酸や酪酸などの「短鎖脂肪酸」に変換します。従って、ほとんどの人は大量の牛乳でなければあまり問題なく飲めるようです。全世界では75%以上がラクターゼ欠乏状態に相当するとのことです。しかし、その方が正常な状態といえるのかもしれません。
フルクトースは危険な糖! |
C6H12O6と同じ分子式を持つグルコース(ブドウ糖)とフルコトース(果糖)ですが、生物学的、医学的にも栄養学的にも全く別物です。まず、果糖は栄養学的には全く必要のない栄養分です。ブドウ糖は肝臓をはじめ全身の臓器で代謝(利用)できます。それに対し、果糖はほぼ全てを肝臓でのみ代謝(利用)され、一部の臓器を除き肝臓以外では代謝(利用)されません註。その結果、下記の様な生物学、医学的不都合をもたらします。
フルクトース(果糖)の代謝 |
フルクトースは小腸のGLU5から吸収され、その一部は小腸上皮細胞内でグルコースに変化され、共にGLUT2により門脈から肝臓に運ばれます。そして、グルコースはその一部が、フルクトースはそのほとんど全てが肝細胞内に取り込まれます。その後、フルクトースは肝臓内ではグルコースより優先的に代謝されます。その結果、①尿酸が大量に産生される、➁果糖から変化した代謝産物は肝臓内で脂肪の生産を増やし脂肪肝の原因となる、③超悪玉コレルテロールと呼ばれるVLDLや遊離脂肪酸を増やすなどの不利益をもたらします。これらはインスリン抵抗性、糖尿病、痛風、高血圧、心疾患、脂肪肝、メタボリック症候群、老化、がんなどの原因となります。
フルクトース(果糖)は満腹中枢を刺激しない |
摂食中枢は食欲を増加させ満腹中枢は食欲を抑える中枢です。ブドウ糖を摂取すると血糖値とインスリンは上昇し食欲を抑えるレプチンやGLP-1、GIPの分泌が上昇し、食欲を増進させるグレリンの分泌は抑制されます。これらの共同作業により満腹中枢は刺激され食べるのを止めます。
一方、果糖は血糖とは無関係で摂取後も血糖値は直接的には上昇せず、食欲を抑えるインスリンやレプチン、GLP-1、GIPは分泌されず、食欲を増進させるグレリン分泌も抑制されず、満腹中枢は刺激されないため食べ続けます。「果糖を多く含む清涼飲料水はいくらでも飲める」「食後のデザートは別腹」などの現象を引き起こします。
甘い物には依存性がある |
アルコール、ニコチン、コカイン、モルヒネなどの薬物やギャンブル、セックス、食事など特定の物質や行為・過程に対して、止めたくても「止められない」「ほどほどにできない」状態を依存症といいます。依存させる性質を依存性といいます。
依存症には大きく分けて2種類あります。「物質への依存」と「プロセスへの依存」です。「物質への依存」とはアルコールや薬物といった精神に依存する物質を原因とする依存症状のことを指します。依存性のある物質の摂取を繰り返すことによって、以前と同じ量や回数では満足できなくなり、次第に使う量や回数が増えていき、使い続けなければ気が済まなくなり、自分でもコントロールできなくなってしまいます(一部の物質依存では使う量が増えないこともあります)。「プロセスへの依存」とは物質ではなく特定の行為や過程に必要以上に熱中し、のめりこんでしまう症状のことを指します。どちらにも共通していることは、「繰り返す」「より強い刺激を求める」「やめようとしてもやめられない」「いつも頭から離れない」などの特徴がだんだんと出てくることです。では、なぜ人は依存症になるのでしょうか?
人を含め動物の脳は報酬を求めるようにできています。報酬は動物が生き延び、種を永続させるための原動力となります。報酬の経路は複雑ですが、簡単にいうと「快楽経路」ということができます。この経路には原始的な感情や種を永続させるための生殖活動への衝動、生存のための物を食べることを促す食の楽しみなどがあります。
快楽経路は脳内報酬系と呼ばれ、人や動物の脳において欲求が満たされたとき、あるいは満たされることが分かったときに活性化され、その個体に快感の感覚を与える神経系です。 中脳の腹側被蓋野から大脳辺縁系の側坐核(報酬中枢)を経て前頭前野に至る神経経路です。報酬系を担っているがドーパミンと言われる神経伝達物質です。ドーパミンは別名「幸せホルモン」とも呼ばれています。
もし、この「報酬」「快楽径路」「脳内報酬系」がなかったら、一体どんなことになるでしょうか? もし、生殖活動への衝動がなければ、動物は子孫を残すことはできないでしょう。もし、食欲や食の楽しみがなければ、動物はすぐに命を落とすことでしょう。もし、何かを成し遂げた時の達成感がなければ、今日の人類の文明の発展・繁栄はなかったでしょう。そして、大谷翔平選手や藤井聡太八冠、ノーベル賞受賞者、古今東西の偉人・天才・達人などは存在しなかったでしょう。
味覚とは |
人や動物にとって「食べる」ことは生命の維持において必要不可欠で、成長や生命維持に必要な栄養を「食物」から摂取します。その際、その食物を食べるべきか否かを選別する方法として、視覚、嗅覚、味覚などの様々な特殊感覚を用います。人の場合、食べ物の色や形を眼で確認し、次に鼻でにおいを嗅ぎ、食物に異常がないかを調べます。そして最後に口腔内で味を感じて、その後の嚥下に続く食行動に移すべきかどうかを判断します。つまり、味覚というのは、食物の成分と安全性とを評価するセンサーで、舌にある味蕾で味を感知します。
人には塩味、甘味、旨味、苦味、酸味の5つの基本的な味覚があります。塩味は身体の恒常性維持に必要なミネラル、甘味は糖分の味でエネルギー源、旨味は身体の構成成分タンパク質やアミノ酸、酸味は腐敗、苦味は毒を意味します。
甘い物は人と(雑食)動物への贈り物 |
私たちの先祖にとって動物の肉や炭水化物はエネルギー源・栄養源であり生命維持には必須のものでした。当時は狩猟・収集により食料を得ており、牧畜・農耕はずっと後になって人類が習得したものです。当時の炭水化物は果実や種子、根菜類などで、それらに含まれる甘味はその存在と安全性を教えてくれるものでした。当時は、それらは年に1回それも1月だけ巡ってくる収穫期にしか手に入らない貴重なものでした。したがって、それらを記憶・学習させるため、甘い物で脳内報酬系を刺激する必要があったと考えられます。
赤ちゃんは苦いものや酸っぱいものは好みません。肉食のネコやライオンの栄養源は全て生肉で、炭水化物を関知する甘味センサーは不要です。蛇などの爬虫類や鳥類は食べ物を丸呑みみするため、甘味だけでなく他の味覚や嗅覚も不要です。哺乳類でも鯨やイルカなどでも同様です。繊細な味覚をもつ草食動物では、食べてよいかどうかを判定するためだけで甘味センサーは重要ではありません。しかし、「甘い物」は私たち雑食動物の生存に必要な「炭水化物」の存在と安全性を意味し、脳内報酬系を刺激する「贈り物」「供え物」だといえます。
遊離糖は総摂取エネルギーの5%未満に抑える(WHO) |
農耕・牧畜が始まったのが約1万年前、18世紀後半から始まった産業革命から約250年、先進国において豊かな食料供給が可能になってわずか50~60年です。それまでの人類の歴史は常に飢えとの戦いでした。しかし、この現代では開発途上国や紛争地域などを除いた「いわゆる先進国」ではジャンクフードや甘い物で溢れかえっています。長い人類の歴史からみて50~60年というのは、ほんの一瞬です。この一瞬で長い間我々を支配してきた本能の一つである甘味に対する快楽経路・依存性から離脱するのは極めて困難といえます。
WHOは2015年3月「健康のため1日の 遊離糖の摂取量を総エネルギーの10% 未満に、最終的には5%未満に抑えることを推奨」しています。5%というと1日の総エネルギー摂取量が2000kcalとすると100kcal、ショ糖(砂糖)で25g(小さじ8杯強)に相当します(院長の独り言 第68号)。さあ、皆さんどうします!?