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糖質制限ダイエット ― その光と影(2)

 

 

糖質制限ダイエットの色々

 

 アトキンス・ダイエット、バーンスタイン・ダイエット、スーパー糖質制限、緩やかな糖質制限、ロカボ、ケトジェニック・ダイエット、ライザップ、…。様々な糖質制限ダイエットがあります。これらのダイエットはどこがどう違うのでしょうか?

 

糖質制限ダイエットは大きく分けると次の2種類に分けられます。

  • アトキンス・ダイエット:一日の炭水化物摂取量を20~40gまで制限。スーパー糖質制限、ケトン体ダイエット、ライザップなどが含まれる。
  • バーンスタイン・ダイエット:一日の炭水化物摂取量を130gまで制限。緩やかな糖質制限、ロカボなどが含まれる。

 

アトキンス・ダイエット

 

 アトキンス・ダイエットは、アメリカの医師(心臓外科、循環器病)のロバート・C・アトキンス(Robert Coleman Atkins 1930-2003年)が考案したダイエット法です。アトキンス式低炭水化物ダイエット、ケトン体ダイエット、ローカーボ・ダイエット、低糖質ダイエットとも呼ばれています。砂糖やパン、白米、パスタなどの炭水化物を一日20〜40gまで制限し、代わりに肉(牛肉・豚肉・羊肉)やベーコン、バター・チーズ、卵などのタンパク質や脂肪(脂質)は自由に摂取してよいというダイエットです。

 

 肥満になるとインスリンの効きが悪くなり(インスリン抵抗性)、インスリン分泌量が増えてきて(高インスリン血症)糖尿病の発症リスクが上がってきます。アトキンスは、この高インスリン血症による肥満の原因に、砂糖やブドウ糖・果糖、白米・白い麺類・パンなど精白された穀物、ジャンクフードなどの「悪い」炭水化物が大量に消費されるようになった時代背景があると考えました。

 

■アトキンス・ダイエットの原理

  • 最初の2週間

 最初の2週間は炭水化物代謝から脂質代謝に切り替える体質をつくるための準備期間で「誘導ダイエット」と呼ばれています。炭水化物摂取量を一日20g以下に厳しく制限します。すると、身体はエネルギー源を①筋肉(骨格筋)のグリコーゲンとたんぱく質、そして脂肪組織の中性脂肪(トリグリセライド、TG)を原料とし、糖新生により作られたブドウ糖と、②脂肪組織の遊離脂肪酸(FFA)を原料とするケトン体に切り替えます。

  • 3週目以降

 最初の2週間で脂肪を燃焼しやすい、すなわち「痩せやすい身体」を作った後は、炭水化物摂取量を1日40g以下に制限します。「継続的減量ダイエット」と呼ばれています。

 

 

アメリカでブームになったアトキンス・ダイエット

 アトキンス・ダイエットは2002~2003年頃にアメリカでブームになり、成人の7人に1人が取り組むほどでした。その影響によって2003年にはパスタや米といった炭水化物系食物の販売額が5~8%ほど落ち込むことになり、それらの産業からは数多くの恨みが寄せられたそうです。多くの企業は「低炭水化物ブーム」と呼び、注目を集めようと炭水化物の少ない特別製品の販売を始めています。

 

 一方、2000年2月には「アトキンス・ダイエットは短期的な減量効果はみられるが、通常の食事バランスではないため健康上の問題があるのではないか」という疑念を巡って合衆国農務省が討論会を開催しています。2004年にはダイエットの1年後から炭水化物が少ないことによる頭痛や下痢などの副作用もみられるなど、長期的な安全性は保証できないと報告しています。現在でも時折取り上げられ賛否両論の議論が続いています。

 

 

■ブームの終焉

 ブームの中、火付け役であったアトキンスが2003年4月17日、72歳で突然死亡してしまいました。死因は転倒による頭の強打によるものであったとのことです。しかし、死亡時の体重が116kg(身長180㎝、BMI35.8)の肥満であったと一部で報道されました。それに対して家族側からは死亡する9日前には89kg(BMI27.5)であったと反論がなされています。しかし、彼がもともと心臓病を持っていたことや、この報道の影響によりアトキンス・ダイエットは一気に下火となってしまいます。実際、2004年2月には9%あった低炭水化物ダイエット実行者は急激に減少し、同年7月には2%に急落。そして、翌2005年7月には牽引役のアトキンス・ニュートリッショナルズ社(Atkins Nutritional company)は倒産してしまいました。

 

 

 

我が国でのアトキンス・ダイエットの流れを汲む糖質制限ダイエット

 

■スーパー糖質制限ダイエット

 高雄病院(京都)の理事長、江部康二医師が推奨する糖尿病のためのダイエットです。近年、TVなどでもしばしば登場します。基本的にはアトキンス・ダイエットの流れを汲んでおり食事1回の糖質摂取量は20g以下、1日60g以下に制限します。

 

 江部医師は52歳のとき糖尿病になりました。当時のHbA1cは6.7%ありましたが、糖質制限をして以来、薬を飲まずにずっと正常値とのことです。

 

 彼の雑誌での対談です。「68歳になった今も歯は全部残っていますし、肌もこの通り若々しいでしょ。糖質を摂らないから老化しにくいんです。眼もよく見え、聴力も低下していない。医学部の同窓会に行くと、『お前だけ年をとってないのはおかしい』って言われます」。

 

 ただ、HbA1c6.7%というのは年齢からみても軽症であり、彼の言う「スーパー糖質制限ダイエット」でなくても、一般的なダイエットと運動療法でHbA1cの正常化は実現できると考えられます。また、彼の自慢の歯・肌・眼・耳も糖質制限の効果であると断言するには無理があります。エビデンスレベルが最も低い、「専門家個人の意見」です。あるいは、エビデンスとは言えない「個人の感想」レベルかもしれません。

 

■ライザップの糖質制限ダイエット

 

 TV・CMでお馴染。結果にコミットするライザップ(RIZAP)です。炭水化物摂取量を1日50g以下に制限します。基本的にはアトキンス・ダイエットと同じ考え方です。

 

 

 

 

 

糖質制限ダイエットの理論

 

 やや難しい話です。面倒な方は「アトキンス・ダイエットを分かりやすく説明すると…」からお読みください。

 

 ブドウ糖濃度(血糖値)は低すぎても、高すぎても合併症をきたし危険なため、身体は血糖値を正常範囲に保つよう巧妙な制御機構を持っています。実際に健康な人では血糖値は70㎎/dLから140㎎/dLの極めて狭い範囲に保たれています。血糖値を低下させる唯一のホルモンのインスリンと、インスリンに拮抗して血糖値を上昇させる作用のあるグルカゴン、カテコラミン、コルチゾールの働きで血糖値を厳格にコントロールしています。

 

■インスリンと食事、炭水化物、糖質、ブドウ糖の関係

  • 食事を摂ると、食物中の炭水化物の成分である糖質は身体(細胞)でエネルギーとして使えるようブドウ糖という形に分解(消化)され、消化管(小腸)から吸収され血液中に流れこみ血糖値は上昇します。これを「食後高血糖」といいます。
  • 食後高血糖を膵臓が感知し膵臓のβ細胞からインスリンが分泌されます。これをインスリンの「追加分泌」といいます。
  • 追加分泌されたインスリンの作用により、ブドウ糖は肝臓や筋肉、脂肪組織などの細胞に取り込まれ、食事前の値まで血糖値が下がります。血糖値が下がってくるとインスリン分泌量も下がってきます。
  • しかし、インスリンは完全に出なくなるわけではなく、少量分泌され肝臓での糖新生が過剰にならないように調節しています。これをインスリンの「基礎分泌」といいます。
  •  

■肝臓、筋肉、脂肪組織でのブドウ糖の行方とインスリンの働き

  • 追加分泌インスリンが促進するもの
  • 肝臓:肝細胞へのブドウ糖の取り込みとグリコーゲン産生

余ったブドウ糖は中性脂肪に合成される(この脂肪合成が進むと脂肪肝となる)

  • 筋肉:骨格筋へのブドウ糖の取り込みとグリコーゲン合成とピルビン酸産生
  • 脂肪組織:脂肪組織にブドウ糖の取り込みと中性脂肪合成
  • 追加分泌インスリンが抑制するもの
  • 肝臓:グリコーゲンを分解してブドウ糖を産生
  • 筋肉:グリコーゲンを分解しG6-リン酸、ピルビン酸、乳酸に変換し肝臓での糖新生の原料とする
  • 脂肪組織:中性脂肪を分解してグリセロールと遊離脂肪酸(FFA)を産生する。それぞれは肝臓での糖新生とケトン体産生の原料とする
  • インスリンに依存しない反応

①脳(中枢神経系)へのブドウ糖の取り込みや心筋や内臓などの平滑筋へのブドウ糖の取り込み

 

 

 

■長期間の絶食状態での糖新生とケトン体産生

  • 絶食時は肝臓に貯蔵されたグリコーゲンを分解してG6-Pからブドウ糖を作り全身に供給する。
  • 骨格筋のグリコーゲンは筋肉内でのみ利用される(G6-Pからブドウ糖に変換する酵素が骨格筋にはないため)。
  • 長時間の絶食または炭水化物を摂らないと肝臓のグリコーゲンは一晩で枯渇する。
  • すると、脂肪組織の中性脂肪がグリセロールと遊離脂肪酸に分解される(脂肪減少効果)。
  • グリセロールは肝臓でブドウ糖に変換(糖新生)され全身にエネルギー源として供給される。
  • 遊離脂肪酸は肝臓でケトン体に変換され、肝臓以外の臓器・組織で利用される。
  • 骨格筋のたんぱく質分解によるアミノ酸(アラニンなど)は肝臓でブドウ糖に変換(糖新生)される。

 

 

 

■アトキンス・ダイエットを分かりやすく説明すると…

  • 炭水化物(糖質)を制限すると、エネルギー不足を補うために脂肪組織の中性脂肪が燃焼される。
  • 中性脂肪はグリセロールと遊離脂肪酸(FFA)に分解され肝臓に運ばれる。グリセロールはブドウ糖に変換される(糖新生)。FFAはケトン体に変換され長期絶食時や飢餓時のエネルギー源となる。肝臓はケトン体を利用できない。肝臓以外の脳(中枢神経系)や筋肉、心筋、血球などの臓器・組織はケトン体を利用できる。
  • 脂肪組織の中性脂肪のFFAが燃焼される状態はケトーシス・脂肪分解と呼ばれ「痩せる仕組み」である。
  • 美味しいものを満足するまで食べることができる。制限されるのは砂糖や米、小麦粉などの高炭水化物だけで、バターやクリームを使った肉・魚・卵料理は自由に食べることができる。
  • 脳がケトン体を主要なエネルギー源に切り替えると、「空腹感はなく」「多幸感」を感じるようになる。
  • 炭水化物摂取による食後高血糖と追加インスリンの過分泌が肥満の元。糖質制限ダイエットは食後の高血糖とインスリン過分泌を抑制することで肥満の元を断ち切ることができる。

 

 

アトキンス式ダイエットに関する疑問・問題点

 

  • 確かにアトキンス・ダイエットには一理あり、短期的にはダイエット(減量)効果はありそう。しかし、長期的にはどうなのか?
  • 極端な炭水化物制限の安全性は?
  • 極端な炭水化物制限は一般向きか? その維持率、成功率は?
  • ケトン体誘導の安全性は?
  • ケトン体誘導はマラソンの「ランナーズハイ」と同じ状態なのかもしれない(次回以降に説明)。