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腸内フローラ(その2)

2016年3月

 

 

 

 

ダイエットしても痩せないのは腸内細菌のせい?

 

 いろいろなダイエットをしているのに、なかなか痩せないと悩んでおられる方。

 

 もしかしたあなたの肥満は腸内細菌叢に問題があるのかもしれません。

 

 腸内細菌叢は炎症性腸疾患、アレルギー、皮膚疾患、脳・神経系疾患など様々な疾患に大きな影響を及ぼすことが分かってきました。また、肥満との関係も注目されています。

 

 2013年、米国セントルイスにあるワシントン大学のジェフリー・ゴードン博士らのチームが「腸内細菌叢が肥満に影響する」という研究を米国の世界的科学雑誌サイエンス(Science)に報告しました。

 

 研究チームは腸内細菌叢と肥満に直接関係があるかどうか評価する目的で、一方は肥満、片方は痩せている双子を募集しました。双子は食生活や遺伝子が似ているため、それらの影響を除くことができます。したがって、肥満の原因が腸内細菌叢である可能性を絞り込みやすいからです。最終的に女性の一卵性双生児4組が選ばれました。

 

 そして、参加者たちの腸内細菌を集めて無菌マウス(*)の腸に移植し、標準的なエサ(同内容・同量)と同じ運動で育てました。その結果、肥満の人から腸内細菌を移植されたマウスは、痩せた人の腸からの細菌を与えられたマウスより体重がより増加し、より多くの脂肪が蓄積(約20%)しました。エサと運動の条件が同じであるということは、この相違が体内に入ってきた栄養素の代謝を変化させる何かがあるということです。すなわち、「腸内細菌」によって引き起こされている可能性が高いことを意味します。

 

 

 

 

 

 

 

*)無菌マウス:帝王切開または子宮切除により摘出したマウスを一度も細菌やウイルスに触れないように無菌装置内で育てたマウス。無菌マウスの寿命は1.5倍位長いとされる。ただし、人間の場合は無菌状態で生活するのは不可能。腸内細菌などの常在菌と付き合って暮らす(共存・共栄)しかない。

 

 

細菌叢の戦いに勝つのは、痩せた人の腸内細菌

 

 チームはさらに2つのグループのマウスを一緒のケージに収容しました。マウスは糞を食べます。したがって、これら2つのグループのマウスは意図せずお互いの微生物によって影響を受け合います。ゴードン博士は、これを「細菌叢の戦い」と呼んでいます。

 

 この戦いの結果、肥満の人から腸内細菌を移植された肥満のマウスは、痩せた人の腸内細菌を与えられたマウスの糞からの細菌叢の影響で体重が減りました。ところが、痩せた人から腸内細菌を移植されたマウスは、肥満の人からの腸内細菌の影響を受けませんでした。

 

 なぜでしょうか? 肥満の人の細菌叢は多様性が少なく特定の菌種に偏り、痩せた人の細菌叢は多様性に富むという報告があります。すなわち、痩せた人の多様性に富む細菌叢は、肥満の人の多様性の少ない細菌叢が侵略してきても、その侵略を許さずバランスを保つことができます。一方、肥満の人の多様性の少ない細菌叢は、痩せた人の多様性に富む細菌叢により一方的に侵略されるためと考えられます。

 

 すなわち、次のことがいえるかもしれません。肥満の人の腸内細菌には肥満にさせる菌があるのではなく、肥満を防ぐ菌が少ないため肥ってしまう。痩せた人の腸内細菌には肥満を防ぐ菌が多いため肥らない。

 

 


 

 

肥満を防ぐ腸内細菌とは?

 

 痩せている人と肥った人の腸内細菌には、どのような違いがあるのでしょうか? 実はゴードン博士のチームは、この研究報告より前の2006年、英国の世界的科学雑誌ネイチャー(Nature)に「肥満に付随してみられるエネルギー回収能力の高い腸内細菌」という論文を発表しています。彼らはパイロシーケンス法という遺伝子解析で肥満マウスと痩せたマウスの腸内細菌を調べました。肥満マウスにはファーミキューテス類が多く、バクテロイデス類が少ない傾向があることが分かりました。

 

 そこで、彼らは無菌状態で生育されたマウスを二つのグループに分け、一方には遺伝的な「肥満型マウス」、片方には遺伝的な「やせ型マウス」の腸内細菌を摂取させ、同量のエサを同一期間与えました。その結果、肥満型マウスの腸内細菌を与えられたグループは体脂肪が47%増加しました。一方、やせ型マウスの腸内細菌を与えられたグループは体脂肪の増加が27%に留まりました。

 

 

 「どちらも体脂肪率は増加してるではないか?」という疑問が浮かびます。無菌状態では全てのマウスは、全く体脂肪に変化がみられませんでした。つまり、腸内細菌がいること自体でマウスは太りやすくなっている訳です。そして、「肥満型」マウスの腸内細菌は「やせ型」マウスの腸内細菌と比べると、より肥満を助長する傾向があるということになります。

 

 

 

ファーミキュース類とバクテロイデス類

 

 ゴードン博士のチームは人間の腸内細菌の約90%がファーミキューテス類(Firmicutes)かバクテロイデス類(Bacteroidetes)の、いずれかに属していることも明らかにしています。そして、肥満度の高い人ほどファーミキューテス類(肥満型腸内細菌)が肥満度の低い人ほどバクテロイデス(やせ型腸内細菌)という細菌が多く存在していることも突き止めました。実際、肥満者を1年間食事制限で減量させたところ、その腸内環境はファーミキュース類が減って、バクテロイデス類が増えたそうです。なお、この2つの細菌類は日和見菌に属します。

 

 ファーミキュース類は肥満を促進するので肥満フローラ、バクテロイデス類は肥満を抑制するので痩せフローラと呼ばれています。両者のバランスにより肥満あるいは痩せが促進される訳です。

 

 ファーミキューテスは難消化性の食物繊維すらエネルギーに変える力があります。まったく同じ質で同じ量の食べ物を食べたとしても、ファーミキューテスが多い人は、少ない人に比べて多くの栄養やエネルギーを体内に取り込めるという訳です。

 

 一方、バクテロイデスは脂肪の吸収を抑えながら同時に燃焼させる短鎖脂肪酸を作ります。この酸とその受容体が人の健康に大きく関わっていることが分かってきました。当然のことながら、ダイエットの面からも注目されています。この短鎖脂肪酸とはどのようなものなのでしょうか?

 

 

短鎖脂肪酸

 

 脂肪酸とは油脂(あぶら)の構成成分です。炭素数12以上の「長鎖脂肪酸」、7~11の「中鎖脂肪酸」、6以下の「短鎖脂肪酸」があります。短鎖脂肪酸は直接外(食事)から取り入れるのではありません。人の消化酵素では消化(分解)しきれなかった炭水化物(特に食物繊維)から発酵という腸内細菌が持つ酵素の働きにより産生されます。人での代表的な短鎖脂肪酸は酢酸、プロピオン酸、酪酸などで、それを作る腸内細菌の代表選手がバクテロイデス類などです。

 

 短鎖脂肪酸は腸内では、①弱酸性で腸内を弱酸性に保つことにより悪玉菌の増殖を抑える、②大腸のバリア機能を高め大腸を保護する、③カルシウムやマグネシウムなどの重要なミネラルを水溶性に変化させ体内に吸収しやすくする、④大腸粘膜を刺激して蠕動運動を促す、などの働きがあります。

 

 短鎖脂肪酸の95%は大腸粘膜より吸収され、すべての消化管と全身の臓器の粘膜上皮細胞の形成・増殖を担い、粘液を分泌させる大切なエネルギー源となります。すなわち、これらの臓器・組織の活性化のためのエネルギー源となる訳です。

 さらに、この短鎖脂肪酸はエネルギー源としてのみではなく肥満防止の役割もしていることが近年の研究で分かってきました。

 

 

短鎖脂肪酸は肥満防止のブレーキ役

 

 肥満とは脂肪細胞が内部に脂肪の粒(脂肪滴)を蓄え肥大化することで生じます。飢餓時など、もしもの時にエネルギーを蓄えておくのが脂肪細胞の役目の一つです。放置しておくと余ったエネルギーをどんどん溜め込み続け肥大化していきます。短鎖脂肪酸はこの脂肪細胞の暴走を止めるブレーキの役割をしていいます。この仕組みを東京農工大学大学院の特任准教授の木村郁夫博士が解明しました。

 

 人(動物)の体の細胞には短鎖脂肪酸が結合する受容体がいくつか存在します。受容体とは特定の物質とだけ結合し、特定の働きの指令を送るスイッチのようなものです。木村博士はGPR41とGPR43という二つの受容体に着目しました。この受容体は大腸粘膜上皮、脂肪細胞、交感神経などに存在しています。

 

■エネルギー消費を高めるGPR41

GPR41は交感神経に多く存在しています。このスイッチが押されると交感神経が刺激され心拍数や体温が上昇し酸素消費量が増えエネルギー消費が増大します。GPR41はエネルギーバランスを一定に保つセンサーのような働きをしています。すなわち、私たちが食べ過ぎても短鎖脂肪酸の血中濃度が上昇しPGR41を活性化して交感神経を刺激しエネルギー消費を高め、肥満を抑制している訳です。

 

■脂肪蓄積を抑えるGPR43

GPR43は脂肪細胞に多く存在しています。GPR43は脂肪細胞でのみ選択的にインスリンの働きを抑制します。インスリンは筋肉と脂肪組織で血液中のブドウ糖(血糖)の取り込みを促進します。筋肉や肝臓では取り込んだブドウ糖をグリコーゲンや中性脂肪として、脂肪組織は中性脂肪に変換しエネルギー源として貯蔵します。糖尿病とは、このインスリンの働きが低下するため血糖が上昇し、いろいろ困った状態や症状を引き起こす病気です。インスリンの量や働きが多いと血糖は下がります。しかし、一方で脂肪組織ではより多くのブドウ糖を取り込んでしまいます。取り込まれたブドウ糖は脂肪に変換されます。すなわち、肥満になってしまいます。GPR43は脂肪細胞でのみ、このインスリンの働きを抑制します。筋肉や肝臓やその他の臓器でのインスリン作用には影響を与えません。

 

■食欲抑制

 酪酸やプロピオン酸は腸管のL細胞からGLP-1のほかPYYのような腸管ホルモンも分泌します。GLP-1やPYYは脳に作用して食欲を抑える働きがあり、満腹感を持続させて過食を防ぐことが知られています。また、酢酸はそれ自体が脳に直接作用して食欲を抑えます。

 

■糖尿病予防

 酪酸は腸管にあるL細胞に作用して腸管ホルモンであるGLP-1の分泌を促す作用があります。GLP-1はインスリンを分泌する膵臓β細胞数の減少を抑えたり、インスリン分泌を促す作用があり、糖尿を予防・改善する作用があります。GLP-1受容体との作用性を高めたGLP-1受容体作動薬は既に糖尿病治療薬として使われています。

 

 

 

お酢を飲むと肥満や糖尿病を予防できる?

 

 「酢」は酢酸を3~5%含んだ酸味のある調味料です。酢酸以外に乳酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸などの有機酸類やアミノ酸、エステル類、アルコール類、糖類などを含むことがあります。酢酸は短鎖脂肪酸の一つです。

 

 では、お酢を飲めば肥満や糖尿病の予防や治療になるのでしょうか? 酢(食酢)に含まれている酢酸は腸から速やかに吸収され血液中に移行します。そして、短鎖脂肪酸(酢酸)として肥満抑制や食欲抑制、糖尿病予防などの作用を発揮します。しかし、その酢酸は体内ですぐに代謝されてしまい、その効果は一時的です。そのため、酢酸のよい作用を発揮するためにはかなりの量の酢を飲まなければなりません。

 

 一方、食物繊維などの食物が腸にある間は、腸内細菌は短鎖脂肪酸を作り続けてくれます。そのため、血中濃度が長く維持されます。では、酢をチビチビと飲み続けるとどうでしょう? 血中濃度は維持できるかもしれません。しかし、一日に必要な酢の量は大量になるでしょう。しかも、チビチビと飲み続ける必要があります。

 

 

ダイエットの前に腸内環境の改善を

 

 巷にはダイエット情報が溢れています。好きなものを我慢し、ただひたすら食べる量を減らす。私は○○を食べて痩せました。極端な糖質制限。無理な運動。…などなど。多くは長続きしません。そして、リバウンド。中には健康を害することもあります。その前にできることはないのでしょうか?

 

 食物繊維を摂ることです。食物繊維は野菜などに多く含まれています。野菜・食物繊維といえば「お通じをよくする」以外にも、「よく噛むので満腹感を得やすく、結果として摂取カロリーを減らす」などのダイエット効果は以前よりよく知られていました。

 

 私たち人間は食物繊維を直接には消化できません。食物繊維は小腸で消化・吸収できなかった食べ物の「残りカス」です。バクテロイデスなどの痩せフローラはその「残りカス」が大好きです。「残りカス」をエサにして、肥満を防止する短鎖脂肪酸を作ってくれています。偏った食事が続き食物繊維が不足すると痩せフローラが減り、肥満フローラが増えてきます。食物繊維が増えると痩せフローラが増えてきます。

 

 ゴードン博士のチームは健康な人10人を10日間入院の上、低脂肪・高食物繊維の食事をするグループと、高脂肪・低食物繊維の食物の食事をするグループに分けて腸内フローラの変化をみています。すると、低脂肪・高食物繊維食のグループでは肥満フローラが減り、痩せフローラが増えました。この変化は24時間後には既に始まっていたとのことです。

 

 痩せフローラにエサをあげましょう! あなたの腸内細菌が、あなたの食べた食物繊維を、あなたのために一所懸命に食べているところをイメージしてみてください。いきなり野菜を「しっかり」は無理でも、今より「少しでも多く」食べるよう心掛けてみませんか。

 

 

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