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2016年2月
コアラの赤ちゃんの離乳食はお母さんの〇〇 |
コアラはユーカリの葉しか食べません。
しかし、赤ちゃんコアラはこのユーカリの葉を消化することができません。そこでお母さんコアラは赤ちゃんコアラに離乳食としてあるものを与えます。その離乳食とは次のどれでしょう?
お母さんの ①ウンチ ②おしっこ ③お母さんが食べたユーカリの葉(口移し) |
コアラが食べるユーカリの葉は硬くて栄養分も少なく食用には向きません。しかも、大量のタンニンを含んでいます。タンニンはタンパク質と結合(タンニン・タンパク質複合体)するため、コアラ以外の動物はユーカリの葉は消化できません。コアラはタンニン・タンパク質複合体を切断・分解する酵素(タンナーゼ、tannase)を持っているため、ユーカリの葉を食べることができるのです。
実は、この消化酵素はもともとコアラに備わっている訳ではありません。コアラの盲腸の長さは約1.5~2m。人の場合は約5cm。実によく発達しています。この盲腸の中にタンニンを切断・分解できる酵素を作り出すことのできる細菌(腸内細菌)がいます。つまり、その腸内細菌の働きでユーカリの葉を消化しているのです。
しかし、コアラの赤ちゃんはその腸内細菌を持っていません。そこで、お母さんコアラは程よく消化された自分のウンチを赤ちゃんコアラに離乳食として与えます。同時に、ユーカリの葉の消化に欠かせない腸内細菌を赤ちゃんコアラの腸内に入れて(移植)大人になる準備をしている訳です。
少し前の話です。オーストラリアのコアラ保護区でコアラが重症の結膜炎になったため、抗生物質で治療を行いました。結膜炎は治癒したのですが、そのコアラは次第に餌を食べなくなり衰弱死してしまったのです。このようなことは度々あったということです。当時は原因が分かりませんでした。その後の研究で抗生物質を使うことでタンニンを分解・消化する腸内細菌が死んでしまうため、ユーカリの葉を消化できなくなりコアラが衰弱死してしまうということが分かりました。
この様に、コアラはタンニンを分解・消化する「腸内細菌」の力を借りなければ生きていくことができないのです※)。
笹を食べるパンダについても同じことがいえます。パンダは笹を消化できる酵素をもともとは持っていません。パンダの腸内細菌が笹を消化している訳です。赤ちゃんパンダはお母さんパンダのウンチを食べて笹を消化する腸内細菌をお母さんから受け継いでいます。
※)コアラの腸内でタンニンを分解・消化する菌は神戸大学教授大澤朗氏が若き日にオーストラリアのコアラ保護区ローンパインで研究中に発見した。その地名からロンピネラ菌(ロンピネラ・コアララム)と命名された。
大腸の働き |
腸は小腸と大腸に大きく分けられます。胃から送られてきた食べ物は小腸でぶどう糖やアミノ酸、脂肪酸などに分解(消化)され水分とともに吸収されます。栄養分のほとんどと水分の約80%は小腸で吸収されます。残りカスが大腸に送られ、水分が吸収されウンチとなって直腸を通って肛門から排出されます。この働きの調子が悪いと便秘になったり下痢になったりします。
すると、大腸とは単純に「ウンチを作るだけではないか」と思われるかもしれません。しかし、私たちの大腸にはコアラやパンダとは別の腸内細菌が存在し、健康を管理してくれています。そして、寿命まで決めてしまうかもしれないのです。
腸内フローラとは |
では、私たちの腸内細菌はどのようになっているのでしょうか? 驚くべきことに、腸の中には1000種類以上、1000兆個もの腸内細菌が棲んでいます。
以前は腸内細菌の種類と数は100種類、100兆個といわれてきました。しかし、これは培養できる菌に限っての話です。ほとんどの腸内細菌は酸素のない環境、つまり大腸内でしか生きることができません(嫌気性菌)。外に出して観察したり増やそう(培養)としても、酸素に触れた瞬間に死んでしまい、その正体がなかなか掴めませんでした。しかし、最近の遺伝子解析の技術を用いると、腸内細菌を生きたまま増やさなくても、そのDNAを調べることで、どのような種類があるかが分かるようになってきました。その結果、私たちの腸内には驚くべきことに1000種類どころか5万種類の菌が棲息していると考えられるようになってきました。数は同じく1000兆個位です。重さにすると1.5~2kgにもなります。
私たちの体を構成している細胞は約60兆個です。したがって、その16倍の細菌が私たちのお腹(腸)の中に棲んでいることになります。全世界の人口(72億)の約14倍になります。人の16倍の重さではなく2kg位の重さで収まっているのは、腸内細菌の大きさが人体のそれより小さいからです。
また、遺伝子解析の技術で腸内細菌がどのような働きをしているかも分かってきました。そして、具体的にどの細菌が身体にどのような良い影響、悪い影響を及ぼしているかなどの相関関係も調べられるようになってきています。その結果、腸内細菌や腸内環境はがん、動脈硬化、糖尿病、アレルギー、うつ病などの精神病、そして太りやすさや老化のしやすさまでにも関係しているということが分かってきました。すなわち、腸内細菌や腸内環境というものがいかに健康を左右する上で重要なものかということが、ここ数年で分かってきた訳です。そして、今にわかに注目を集めるようになってきました。
この多種多様な細菌の群れは回腸(小腸の終わり)から大腸にかけて、その種類ごとにまとまりを作り、びっしりと腸内に壁面を作って「腸内細菌叢」(ちょうないさいきんそう)を形作っています。「叢(そう)」とは「草むら」という意味です。この様相はまるで花が種類ごとに集団を作って群れている「お花畑」にも例えられ、「腸内フローラ」とも呼ばれています。
「腸内フローラ」はそれぞれの群が「縄張り」を主張しています。新たに侵入してきた菌に対しては、「腸内フローラ」を形成している細菌群が盛んに攻撃を繰り返します。「腸内フローラ」間の緊密な連携によって免疫系が活性化しており、それが病原菌などの新たに侵入してきた菌を排除しているのです。
腸内細菌の分類 – 善玉菌、悪玉菌、日和見菌 |
腸内細菌には大きく分けて、体にとって良い働きをする善玉菌、悪い働きをする悪玉菌、どちらつかずの日和見菌に分類されます。
善玉菌は小腸から送られてきた食べ物のカスから炭水化物などの糖質を分解し乳酸、酢酸、酪酸や短鎖脂肪酸、ビタミンB群など体に有用な物質を作ります。すなわち、糖質をエサとして増殖(発酵)します。善玉菌の代表はヨーグルトなどに含まれるビフィズス菌、乳酸菌などです。
悪玉菌は残りカスからタンパク質やアミノ酸などを分解し、アンモニアや硫化水素、インドールなど有害な物質を作ります。すなわち、タンパク質をエサとして増殖(腐敗)します。作られた腐敗物質は血液に運ばれ様々な病気を引き起こすほか、大腸がんなどの発がん物質の産生にも関わっているとされています。悪玉菌の代表は肉食を好む人のウンチによく見られるウェルシュ菌やブドウ球菌などです。
日和見菌とは培養が困難なため性質がよくわかっていない未知の細菌のことをいいます。腸内で善玉菌が優勢な時はそれを応援して有用な働きをします。一方、悪玉菌が優勢になると一緒になって有害物質を作るなどの悪さをします。私たち人間社会によく似ています。例えば、選挙の時に浮動票となる無党派層や派閥を構成する人たちです。ほとんどがその時に優勢な方につきます。代表的な菌にバクテロイデス、クロストロジウム、大腸菌(非病原性)などがあります。
2・1・7の法則 |
では、腸内細菌のすべてが善玉菌なのがベストなのでしょうか? 悪玉菌を排除し、すべてを善玉菌にすれば健康を維持できる訳ではありません。約2割を善玉菌にすれば腸内フローラは腐敗から発酵に切り替わります。全体の比率でいうと善玉菌2、悪玉菌1、日和見菌7となります。
何らかの原因で善玉菌が減少し悪玉菌が増えたとします。そうなると腸内細菌の7割を占める日和見菌が悪玉菌に加担して、その勢力を一気に強めることになってしまいます。
悪玉菌の中には食べ物のカスを腐敗・分解してよい働きをする菌もあります。逆に、善玉菌でも悪い働きをする場合もあります。例えば、善玉菌の代表選手のビフィズス菌は大腸がんの発生に関与するとされる二次胆汁酸の生産にも関与しています。
要するに、善玉菌を悪玉菌より常に優位に保つことです。そうすることで腸内環境が上手く整えられ、便秘の解消や肌荒れ改善はもちろん、がん予防、老化防止、メタボ防止、アレルギー改善、うつ状態改善につながります。
その目安になるのがウンチの量であり、臭いや硬さです。悪玉菌のエサとなる肉類などを摂り過ぎず、善玉菌のエサとなる野菜や食物繊維、発酵食品の摂取を心掛けましょう。すると、まずウンチの性状が変化してきます。その後、体調の変化が現れてきます。詳しくは次号以下で説明します。
赤ちゃんの腸内細菌は「お母さんからの贈り物」 |
お母さんと子供が似ているのは顔や体格だけではありません。腸内細菌も似ているのです。腸内細菌研究者の間では「腸内細菌は母から子への贈り物」ともいわれているそうです。フィンランドのある研究報告です。母親と生後1~3ヶ月の赤ちゃん90組の腸内細菌の遺伝子を調べたところ、75%の母と子が共通のビフィズス菌を持っていたとのことでした。赤ちゃんはどの様にしてお母さんの腸内細菌を受け継ぐのでしょうか? もちろん、コアラやパンダの様にお母さんのウンチを食べたり舐めたりする訳ではありません。
胎児はお母さんの体内(子宮内)で無菌状態のままで育ちます。皮膚はもとより肺や腸内も完全な無菌状態です。生まれると直ぐに周囲の環境から微生物に接触します。そのうちの細菌が腸まで到達し定着することで腸内細菌叢(腸内フローラ)が形成されます。
もともと、女性の膣には乳酸菌の一種「デーデルライン桿菌」という常在菌がいて、膣内を強い酸性に保ち外部からの細菌感染を防いでくれています。デーデルライン桿菌は酸に強いのですが、他のほとんどの雑菌は酸に弱く死滅するか増殖ができません。
妊娠後期は膣の分泌液の成分が変化し、グリコーゲンなどの糖質の濃度が増加してきます。グリコーゲンなどの糖質は乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌の大好物です。これらの糖分をエサにして乳酸菌やビフィズス菌は増えてきます。乳酸菌やビフィズス菌の作る酢酸や乳糖により膣内をさらに強い酸性に保たれます。そして、子宮内と胎児も無菌状態に保ってくれます。
いよいよ、赤ちゃんが産道を通過する時です。これらの善玉菌が赤ちゃんの口や鼻を通して腸内に移植されていきます。すなわち、赤ちゃんが素早く外界という環境に適応するための「お母さんからの大切なプレゼント」なのです。
帝王切開で生まれた赤ちゃんの腸内細菌は? |
では、帝王切開で生まれた赤ちゃんの腸内細菌はどうなっているのでしょうか? 当然のことながら生まれてくる時、お母さんの産道を通ってはいません。したがって、お母さんからの贈り物であるビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌を受け継ぐことはできません。
ある調査によると、帝王切開で生まれてきた赤ちゃんの腸内細菌は、出産時に関わりのあった医師や看護師などの手や指についていた常在菌であったということです。これは赤ちゃんが本来獲得するはずであった腸内細菌ではありません。このことが赤ちゃんにどのような影響を及ぼすのでしょうか?
帝王切開で生まれた赤ちゃんは正常分娩で生まれた赤ちゃんと比べるとアレルギー疾患にかかるリスクが高いというデータがあります。これはビフィズス菌や乳酸菌などの有益な善玉菌が少なく、また腸内細菌の多様性(種類)が少ないということに原因があると考えられています。
腸内細菌は生後5歳位で決まる |
自然分娩にしろ帝王切開にしろ赤ちゃんは分娩後、外界の様々なところから様々な方法で細菌を取り入れていきます。
まず、抱っこや授乳など母親との接触により、お母さんの持つ細菌群を獲得していきます。例えば、母乳にも善玉のビフィズス菌が含まれています。しかし、それは母体から分泌されているからではなく、乳頭(乳首)に存在しているからだということが分かってきました。
このように、外界や母体との接触を通して様々な細菌群を獲得した赤ちゃんの腸内は、フローラとして腸管に定着していきます。生後24時間以内に定着は始まり、1か月で大部分が定着、3か月で安定してきます。
さらに、ハイハイをする様になると、赤ちゃんは色々な物を手当たり次第ペロペロと舐めるようになってきます。舐めることで様々な菌を積極的に体内に取り入れているのです。丈夫な腸内フローラを作るには色々な種類の菌を取り込む必要があります。したがって、この行為は将来のフローラ作るための本能的な行動ともいえます。
ちょうど、コアラの赤ちゃんがお母さんのウンチを食べるのと同じ様な行動と言えなくはありません。もしそうなら、清潔好きの大人が赤ちゃんの指を消毒したり家中を過度に清潔に保つことは、結果的には赤ちゃんの健康な発育の邪魔をしているのかもしれません。もちろん、ある程度の清潔さを保つことは必要ですが…。
そして、生後10か月位で腸内フローラの大まかな組成バランスが出来上がり、様々な菌が出入りを繰り返し5歳位でほぼ完成します。その後、この「お花畑」は大きく変わることはなく、一生持ち続けていくことになります。