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たかが便秘、されど便秘(Ⅱ) 哺乳動物の排便時間は12秒

哺乳動物の排便時間は12秒

 

 

 

哺乳動物の排便にかかる時間は平均12秒

 

 2017年4月26日の科学メディア「New Scientist」によると、「排便流体力学」の専門家である米国ジョージア工科大学のパトリシア・ヤン(Patricia J Yang)教授が、地元の動物園でゾウ、パンダ、イボイノシシ、研究メンバーの飼い犬などの排便シーンを撮影し分析したところ12±7秒(N=23)ほどで排便を終えることが分かったという1)

 

 計測された動物では、猫4kgから象4000kgと大きな体重差があったが、便の直径は直腸径と一致していた。一方、便の長さは直腸の長さの2倍であった。直腸の長さは猫で4cm、象は40cm(猫の10倍)である。なお、排便に掛かる時間とは肛門の外側に便の先端が出現し、一連の便塊が対外(肛門)から脱出するまでの時間のことをいう。

 

 なぜ、大きさ(長さ)の異なる便でも排出時間が同じなのであろうか。小さな動物に比べ大きな動物の排便速度は速い傾向があった。象の便の排出速度は秒速6cmで犬の6倍、人間では秒速2cmともコメントしている。

 

 ただし、排便時のいきみが生み出す直腸内圧は動物の体積に関係しなく一定して弱かった。象でも小さなネズミでも排便時にかかる圧力は同じである。排便において最も重要な役割を持つのが結腸の粘液層である。人間のように円筒形の便をする動物は、歯磨き粉をチューブから押し出すように便をひねり出すと思われがちだが、実情は「滑り台を滑降することに近い」そうだ。滑降をサポートする腸粘液の量が動物のサイズによって異なるため、ほぼ同じ時間で排便されることになるという。つまり、大型動物は長い直腸を持つため便も長いが、粘液が多いことで、排便時間は他の動物と変わらないということだ(図1)。

 

 ちなみに、便秘にも腸粘液が関わっている。粘液が枯渇すると便が動かないため、人間の場合、腸粘液が枯渇した状態で排便の努力をしなければ、腸内が空になるまでに500日程度かかるそうだ。ヤン教授によれば、「全力で力めば6時間で出ますが、いずれにしろ病院に駆け込むことになりますね」とのこと。

 

 

 

なぜ12秒なのか?

 

 ところで、なぜ1分でも30分でもなく 「12秒」なのだろうか? これは哺乳類動物が生存をかけて「最速の、排便時間」を追及した結果だという。排出物の臭いは天敵をひきつけるため、排便に時間がかかれば捕食者に見つかるリスクが高まるからだ。

 

 ヤン教授は先述した動物に加えYouTubeで公開されている動物の排便動画も研究に利用し、23種類の異なる動物の排便時間を測定しています。また、今回の研究では排便時間の他にも動物の便を多角的に分析しており、多くの動物が平均して一度の排便で2本の便を排出することや、パンダやゾウなどの草食動物の便は軽く、熊やトラなどの肉食動物は重いことなどが明らかになったそうだ。

 

 ちなみに、ヤン教授は先行研究で体の大きさにかかわらず体重が3kg以上の哺乳類動物の排尿時間も21±13秒とほぼ同じであることを解明し、2015年のイグ・ノーベル賞を受賞しています。

 

 

ナマケモノの排便は命がけ!

 

 

 中南米に棲息する地上で一番“スロー”な哺乳類といわれるナマケモノ。生涯の殆どを樹にぶら下がって過ごし、食事や睡眠から交尾、出産までも樹の上で行います。そのナマケモノは1週間に1回程度、排泄のため地上に降りてきます。

 

 それはナマケモノにとって大変危険な時です。ナマケモノの移動速度は通常では時速120m、分速2mとも言われています。樹上での捕食者オウギワシや地上での捕食者ピューマやジャガーに狙われたら最後、逃げることはできません。ナマケモノの死亡原因の半分以上が地上での排便時に外敵に襲われたためとされています。まさに命がけの排便です(図2)。

 

 なぜ、動作緩慢なナマケモノが、たかが排泄のため地上に降りるという無謀ともいえる行動をとるのでしょうか? 樹の上から用足しをすれば良さそうに思えますが・・・。 ナマケモノの毛皮には共存関係にある蛾が棲息しています。蛾はナマケモノの毛皮内の窒素を増やし、保護色や食料ともなる藻の繁殖を助けます。ナマケモノは地上に浅い穴を掘り、そこに便をし、その上に枯れ葉をかけるそうです。蛾はナマケモノの便に卵を産み付け、成虫は再びナマケモノの毛皮に寄生します。また、ナマケモノの便は彼らの住み処であり食料(葉)でもある樹の栄養源にもなります。

 

 

日本人のうんちの平均時間は5分41秒

 

 2014年6月、森永乳業株式会社が「腸の健康に関する意識と実態」を明らかにするためにインターネットによる全国調査を行っています。調査期間は2014年5月22日~27日、対象は20~59歳の男性5,828名、女性5,828,計11,656名です。

 

 1週間の排便回数を尋ねたところ、平均5.4回/週となりました。そのうち、理想的な状態である「毎日排便がある」人の割合は49.8%でした。年代別では20代40.8%、30代48.1%、40代52.0%、50代58.3%。女性のみで比較すると、20代26.4%、30代33.2%、40代37.4%、50代46.3%と若い世代ほど毎日排便がある人の割合は減少していました(図3)。

 

 便意を感じてトイレに入ってから排便が終わるまでの所要時間を尋ねたところ、男女合わせると平均5分41秒でした。男女別では男性6分13秒、女性5分8秒と男性の方が約1分長く、年代別では20代6分25秒、30代5分39秒%、40代5分23秒、50代5分16秒と若い世代ほど排便に時間が掛かっていることが分りました(図4)。

 

 

 別の報告(2011年、情報発信サイト「ヒミツ結社デルツマール(delzmarl.com)」、第1回こくみん腸査)によると「1回のうんちにかかる時間」についての質問では、全体の平均は6分17秒。男女別では、男性が6分35秒、女性は5分58秒で、世代別では10代と20代が6分台、30代以上は5分台となりました。

 

 

人の場合、天敵はいない

 

 人間の場合、天敵はいません。そして、トイレに入ってしまえば自分のペースでゆっくりと排便できます。12秒前後で排便を済ませる必要はありません。しかし、次のような場合には12秒前後で排便が済ませられる能力が力を発揮するかもかも知れません。例えば、あるバードウオッチャーが人里離れた森の中で突然お腹の調子が悪くなり便意を催しました。我慢できない位の強さです。しかし、近くにはトイレはありません。人目に付かない様に、急いで用を足さざるを得ません。・・・(図5)。

 

 

スッキリ快便のための時間は?

 

 「スッキリ快便」のための排便に要する時間はどれ位でしょうか? 勿論、トイレに入っている時間ではなく、実際に排便にかかる時間です。これに関しては、前回の「院長の独り言、(第66号、2023年1月)」での理想的なQOLに関する質問項目(日本版便秘評価PAC-QOL)や前述の2つのアンケート調査項目には入っていません。また、他にも信頼できそうな報告はありません。従って、以下はあくまで私の推論です。

 

 前述のヤン教授によれば、人間の排便スピードは秒速2cmとのこと。これは、恐らく欧米人の理想の便であるBSFSクラス3~5(日本人ではクラス4)の条件下でのスピードと考えられます。この様な便であれば、あまり息むことなく、哺乳動物並みに20秒以内で済むのではないかと思われます。全ての便が出切るためには2回の息みが必要とすると、1分以内には完了するのではないでしょうか。3回以上の息みが必要だとしても2~3分以内で済みそうです。

 

 すなわち、次のことが言えるかもしれません。実際の排便時間が1分以内なら「スッキリ、快便」、2~3分以内なら「まずまず、快便」、3分以上だと「排便に関して何らかの問題を抱えている可能性がある」と。

 

 

慢性便秘は寿命を縮める

 

 以前、院長の独り言(第65号、2022年2月)では以下の事例を紹介しました。エルヴィス・プレスリーが42歳の若さで命を落とした心臓発作の原因が便秘であったという説。慢性便秘、過敏性腸症候群、慢性下痢、腹痛、消化不良のうち生命予後に影響を与えたのは慢性便秘であり、他の因子は統計的には無関係であったという米国ミネソタ州の住民調査からの研究報告。慢性便秘は全死亡率を1.62倍上昇させ、虚血性心疾、虚血性脳卒中の発症はそれぞれ1.11倍、1.19倍上昇させたという米国退役軍人のコホート研究報告。

 

 では、なぜ慢性便秘が生命予後や虚血性心疾患や虚血性脳卒中の発症に悪影響を与えるのでしょうか? その、最大の因子は便秘よる「血圧の変動」であると考えられています。

 

 

息み・怒責による血圧への影響

 

 BSFSクラス4の便ならほとんど息まずにスムーズに排便できます。しかし、BSFSクラス1~2の硬便では息まないと排便はできません。「息む」とはどの様な動作・現象なのでしょうか?

 

 「息む」とは、「息を詰めて腹に力を入れる」ことです。強い息みを「怒責」ともいいます。具体的には、深く息を吸い横隔膜を下げ(緊張させ)、声門を閉じ(気道を閉鎖させ)息を止め、腹筋に力を入れて腹圧を上昇させることです。お産や排便時、重量上げなどのスポーツで瞬間的に大きな力を出す時にほとんど無意識に行われている動作です。息みにより腹圧が上昇する時、胸腔内圧も上昇します。

 

 この息みにより胸腔内圧が上昇するという現象に注目したものを「バルサルバ法(手技)」といいます。バルサルバ法が身体に与える影響は医学的にはよく解明されています。

 

 

バルサルバ法による血圧・脈拍への影響

 

 バルサルバ法(手技)により以下の変化が起こります。

  • 胸腔内圧が上昇すると静脈還流量(心臓に戻ってくる血液量)が減少する。その結果、心拍出量が低下し血圧が低下する。
  • その代償反応として交感神経が刺激され、心拍数は増加し末梢血管は収縮する。
  • バルサルバ法による息こらえを中止すると、胸腔内圧上昇が解除され静脈還流量が上昇する。その結果、心拍出量と血圧が急上昇する。
  • 血圧上昇は迷走神経を刺激し、血圧は低下し心拍数も低下する(徐脈になる)。

 

 この様な息みによる循環系への影響は、息む力が強いほど、また長いほど大きいこと。さらに、③の血圧上昇の程度は老齢者では大きく、持続時間も長いことが分っています(図6、文献2)。

 

【一言メモ】

 バルサルバ法は日常的には潜水時や航空機の降下時の耳抜き、しゃっくりの治療などで、医学的には中耳疾患や鼓膜穿孔、心疾患の診断や上室性頻脈の治療などで応用されている。

 

 

出産時(分娩時)バルサルバ法は勧められない

 

 日本産婦人科医会では「分娩時の怒責」に関して推奨度B(科学的根拠があり、行うよう勧められる)としています。

 

『息を止めて声門を閉じて長く息むバルサルバ法は分娩第2期を短縮する以外に有用ではなく、母体の酸素飽和度が低下して胎児の低酸素状態を誘発すため、第2期分娩遷延、微弱陣痛、胎児機能不全(胎児心拍異常)で急速に娩出が必要な場合等に限定する。バルサルバ法で息む必要がある場合、1回の息継ぎで10~14秒以内の息みにとどめることが重要である。』

 

 

排便時の息みは小さく、短く

 

 排便時の「息みは小さく」「怒責はしない」。これが、慢性便秘症の人が心血管系の合併症防止のために第一に心がけることです。そのためのキーポイントは便の硬さです。排便に最適なBSFSクラス4に保つようにしましょう。特に高齢者では重要なことです。その方法は次回以降に・・・。

 

 第二に、何らかの理由でBSFS1~2の堅い便の場合でも、1回の呼吸で息む時間は「短く」。現時点では日本消化器病学会の慢性便秘症診療ガイドライン(2017年)にはそれに関する記述はありません。しかし、前述の産婦人科医会の分娩時の息みに関する提案(一回の息みは10~14秒以内)が参考になるかもしれません。

 

息み過ぎず、小出しに、時間かけて。天敵はいません!

 

 

文献

 

1) P. J. Yang, et al. Most mammals big or small take about 12 seconds to defecate.Soft Matter. 2017, 13,4960-4970 

2)赤澤寿美 他:自律神経、37(3)413-437,2000