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すっきり、快便
快食、快眠、快便 |
快食、快眠、快便。大切な健康のバロメーターであり、これを維持することが健康の秘訣とされています。辞書によると、快食とは「体調がよく食事が進むこと、おいしく食事をすること」、快眠とは「心地よく、ぐっすりと眠ること」、快便とは「気持ちよく便が出ること」だそうです。
食事に関しては誰もが興味があることです。各種グルメ、ご当地グルメ、高級レストラン、美食店、話題の店、新規オープンの店、健康食品、サプリメント、自慢のレシピ・・・。これらの情報はTV、インターネット、情報紙、雑誌・本などに溢れ返っています。
また、人生の1/3は睡眠時間です。食事・食品関係よりは少ないようですが、快眠を求めた枕やベッドまで睡眠に関する情報には事欠きません。
大便は「おおきな便り」 |
一方、快便に関する情報はほとんどありません。大便はベン、ウンチ、ウンコ、クソなどとも呼ばれ、汚い、臭い物を連想させ、見たくも触りたくもない典型例で、ほとんどの人は話題にすることさえ避けます。適切なマナー、モラルかもしれません。
しかし、大便は「おおきなたより」とも読みます。人の健康状態を表す「便り」なのです。便の状態を観察することで、体の調子、腸内環境、免疫状態を知ることができます。まさに、健康の「診断書」「通知表」とも言うことができます。
ブリストル便形状スケール(BSFS) |
便の性状は便の量、排便回数、色、硬さ、形、臭いなどで判断することができます。そのうち便の硬さと形状の目安となるのが、ブリストル便形状スケール(Bristol Stool Form Scale、BSFS)という基準で、7タイプに分類されています。英国ブリストル大学(University of Bristol)のヒートン(Heaton)博士が1997年に提唱し、便秘や下痢の診断項目の一つとして国際的に使用されています(図1)。
BSFSでは、数字が小さいほど便が含む水分が少なく硬くなり、数字が大きいほど便は水っぽくなります。便秘のときの便は、BSFSのタイプ1から2。一方、下痢のときの便は、BSFSのタイプ6から7に相当します。
理想的な便はブリストル便形状スケールのタイプ4 |
欧米では理想的な便はブリストル便形状スケールのタイプ3~5とされています。しかし、すっきりした満足度の高い排便を得るには迅速かつ完全な排便が必要です。そのためにはタイプ3~5では幅が広すぎるようです。
本邦の便秘診療の第一人者、横浜市立大学医学部肝・消化器内科の中島敦教授は、このBSFSを用いて、インターネット上で日本人における便性状タイプごとのQOLを検討しています。その結果、タイプ4の便が最もQOLが良好だったと報告しています。以下にその概要を紹介します。
慢性便秘患者における便形態と生活の質に関するインターネット調査 |
Hidenori Ohkubo ,Atushi Nakajima, et al: Relationship between Stool Form and Quality of Life in Patients with Chronic Constipation: An Internet Questionnaire Survey ,Digestion 2021;102:147–154
【初めに】
慢性便秘(chronic constipation、CC)は世界的には2~27%の高い有病率を有するごく一般的な機能性腸疾患である。CC患者は身体的にも精神的にも生活の質(QOL)の著しい低下をきたし日常生活に多くの問題を抱えている。Belsey1)らは、便秘の成人で観察された健康関連のQOLの低下は、関節リウマチ、慢性アレルギー、潰瘍性大腸炎などより「重篤」である可能異性があると報告した。また、三輪2)らはCC患者を苦しめる症状は、まず腹部膨満で、続いて少ない排便回数、硬い便、排便困難であると報告した。
しかし、その実際の医療現場で医師が最も重要視するのは「排便の頻度」であり、患者が抱える厄介な症状との間に大きなギャップが存在する。
本研究では、日本におけるCC治療の実態を調査し、CC患者における便形態とQOLの関係を解明することを目的とし、オンラインアンケート調査を実施した。
【方法】
楽天インサイト(株)のウェブサイトに登録された患者を対象に、2018年9月にインターネットアンケート調査を実施した。
【対象】
2018年9月に医療機関で慢性便秘と診断され医師により処方された治療薬を服用している日本の成人患者614人(男性306人、女性308人)を対象とした。市販薬を服用している患者、虫垂切除術を除く胃腸切除術の既往歴のある患者、悪性疾患を有する患者は除外した。
【質問項目】
質問項目には過去2週間の患者の特徴、便通頻度、便秘薬以外の薬剤、便秘薬の種類、治療期間、薬剤使用頻度、便秘薬を処方する診療科、便の形態やQOLなどを把握した独自のオンライン24項目アンケートを使用。便形態の評価はブリストル便形状スケール(BSFS)でタイプ1(硬いコロコロ便)からタイプ7(水様便)までの7段階で評価した。QOLの評価は5点リッカート尺度(註1)を用いて28問を自己申告した日本版便秘評価QOL(PAC-QOL)による自己報告アンケート(⇒p6、参考資料)で評価した。
【慢性便秘症の薬物治療の種類】
被験者のほとんどは、男女共に1週間の排便回数は3回以上であった。最近1か月の便秘薬以外の薬剤を使用した患者は、睡眠薬213人(34.7%)、降圧薬207人(33.7%)、抗高脂血症薬154人(25.1%)、抗不安薬または抗うつ薬131人(21.3%)、抗糖尿病薬76人(12.4%)であった。
調査前に最も頻繁に使用されていた下剤は酸化マグネシウムを含む浸透圧性下剤(64.8%)で、続いて刺激性下剤(26.4%)、漢方薬(19.9%)、坐剤・浣腸薬(8.6%)、その他の薬剤(17.6%)であった。
治療期間中の下剤は酸化マグネシウム(79.1%)、刺激性下剤(83.3%)、漢方薬(63.1%)、坐剤・浣腸薬(62.3%)、その他の薬剤(70.4%)で、大多数の患者では治療期間は1年以上であった。
【結果】
日本語版のPAC-QOLの全体平均は1.29±0.74であった。最低スコア(最高QOL)は0.94±0.61であり、65歳以上の患者における7タイプを除いて、年齢に関係なくBSFSタイプ4で観察された。BSFSタイプ4とタイプ7を除く他のすべてのタイプとの間に統計的に有意差が認められた。65歳以上の患者では、BSFSタイプ4とタイプ1、2、3、6の間に統計的有意差が認められたが、65歳未満の患者では、BSFSタイプ4とタイプ1および2との間に統計的有意差が見られた(図2)。
便秘患者のQOLに影響を与える最も重要な要因として、便の形態、排便頻度、抗不安薬または抗うつ薬の使用歴、年齢、性別、および治療期間が可能な因子として挙げられる。このうち、PAC-QOLスコアを低下させる(QOLを向上させる)強い因子として正常な便形態(BSFSタイプ4)と3回/週以上の排便、弱い因子として65歳以上の年齢であった。逆に、抗不安薬や抗うつ薬使用の既往はQOL向上のマイナス因子で、性別や治療期間はQOLとは無関係であった。
【考察】
通常、便秘患者のQOLは残留便が症状を呈するかどうかに大きく依存する。直腸は通常状態では糞便は存在せず空の内腔である。糞便塊がS状結腸から直腸に輸送されると、直腸壁の拡張刺激が脳に伝達され排便欲求が生じる。完全な排便により快適さの感覚が得られる。逆に不完全な排便により、特に内臓過敏症や直腸過敏症の患者では、残留便が不快感を招きQOLの低下に直結する。
直腸生理学の観点からは、硬くて小さい便(BSFSタイプ1および2)は直腸から排出することが困難である。逆に、泥状や水様の便(BSFSタイプ6および7)は直腸内に残る傾向がある。その理由は、これらの形態の糞便は壊れやすく容易に分割されるためと推定される(単なる推論であるが)。
この研究の目新しさは、適切な形態およびサイズを有する便(BSFS4)が便秘患者において最高のQOLと関連していることを初めて明確に実証したものである。すなわち、BSFS4の便は硬い便(BSFS1、2)と比べると直腸からの排出が容易であり、水っぽい便(BSFS6、7)よりも直腸内の残留物が少ないためであると推定される。
・・・中略・・・
また、日本におけるCC治療の実態についても調査した。私たちの研究は、酸化マグネシウムと刺激性下剤が西洋諸国と比較して高い頻度で使用されていることを明らかにした。これらの薬物を定期的に使用する患者の約80%は1年以上の長い使用歴を有し、驚くべきことに、刺激性下剤を定期的に使用する患者の50%は「日常的な」使用者であった。米国消化器学会のガイドラインに記載されているように、刺激性下剤は継続的な使用が薬物耐性、難治性便秘、および精神的依存による下剤乱用症候群を引き起こすため、必要な場合にのみ使用すべきである。日本で刺激性下剤がこれほど頻繁に使われている理由の一つは、健康保険で使用できる便秘の治療薬が欧米諸国に比べて限られているからかもしれない。この点に関して、我々の研究は、今日の日本の嘆かわしい状況を明確に浮き彫りにしている。
・・・中略・・・
結論として、本研究は便の形態および排便の頻度がQOLに関連し、特に正常な便形態(BSFSタイプ4)が便秘患者のQOLを改善するために重要であることを示唆している。医師は「便の形態」に焦点を当てるべきで、BSFSタイプ6〜7患者での処方を再考する必要がある。
排便のメカニズム |
私たちが摂った食物は、食道・胃・十二指腸・小腸と進み、この間に栄養分が消化吸収され、大量の水分がやりとりされ残りのものが液体の状態で大腸に送られます。大腸では水分が徐々に吸収され、下行結腸では半固形状となりS状結腸でしばらく停滞しバナナ状などの形のある便となります。 S状結腸に留まっている便は、食後などに生じる大蠕動(胃結腸反射)という強く大きな蠕動運動で直腸に押し出されます。
肛門のすぐ手前の直腸は、本来は空っぽで便が溜まっていません。便の移動により直腸壁が便塊で押し広げられ、直腸内圧が40~50mmHg以上になると、進展刺激が直腸壁の骨盤神経から仙随の排便中枢に伝わり、視床下部を経て大脳皮質に伝達され便意を感じます。
この刺激により直腸内の便塊より上部の緊張や運動を高め、便塊より下方の緊張や運動を低下させる、すなわち「絞り出す」様な運動(蠕動運動)により便塊は肛門に向け送り出されていきます。
トイレに到着していれば、排便態勢を取り、いきんで便を直腸から押し出します。「いきむ」とは、腹筋群や横隔膜を用いて腹圧を上昇させることです。便が排泄された後は、再び直腸内は空っぽになり、直腸内圧は元のレベルに戻ります。脳はそれを「スッキリ」したと感じます。
【注解】
1) リッカート尺度(Likert scale):アンケートなどで使われる心理検査的回答尺度の一種であり、各種調査で広く使われている。提示された文に回答者がどの程度合意できるかを回答する。通常は5段階で評価することが多い。回答者は極端な選択肢を避けようとする傾向や、提示された文に同意したがる傾向があり、自分や組織をよく見せようとする傾向がある。
スッキリした排便感を得るために必要なのは便の硬さと形です。BSFS4(バナナ状の便)のであれば、便上部からの蠕動運動により、強くいきまなくてもスムーズに排便されます。そして、直腸内には便は残らず「スッキリした排便感」を得ることができます(図4)。
■BSFS1~2
BSFS1(硬い兎糞状の便)やBSFS2(ひび割れのある硬い便)では、直腸内から体外に押し出すには「強いいきみ(怒責)」が必要です。また、一度では出きらないため、このような排便行為を何回も繰り返す必要があります。しかも、このような努力にも関わらず便の一部が直腸内に残ってしまう傾向があります。BSFS2の便では、いきみ・怒責(直腸圧)によりひび割れを起きしてできた破片の一部が直腸内に残る場合があります。直腸内の残った便により不快な「残便感」を生じます(図5)。
■BSFS6~7
BSFS6(泥状便)やBSFS7(水様便)の様な液体状の便では直腸の蠕動運動により便が上部に逆流してしまいます。その結果、一度の排便運動では全て排出できず、何回も排便行為を繰り返すことになります(図6)
便秘で悩んでいる患者さんの中には「便は軟らかいほどよい」と誤解し、下剤(特に刺激性下剤)を大量に服用している方がいらっしゃいます。又、医師が下剤を大量に処方し、必要以上に便を軟らかくしてしまう場合もあります。便秘治療においては、まずBSFS4のバナナ状の硬さと形の便を目指すべきでしょう。
参考資料 |
⇒ 別紙 日本語版Patient assessment of Constiation Quality of Life
注解 |
註1)リッカート尺度(Likert scale):アンケートなどで使われる心理検査的回答尺度の一種であり、各種調査で広く使われている。提示された文に回答者がどの程度合意できるかを回答する。通常は5段階で評価することが多い。回答者は極端な選択肢を避けようとする傾向や、提示された文に同意したがる傾向があり、自分や組織をよく見せようとする傾向がある。
文献 |
1)Belsey J, Greenfield S, Candy D, Geraint M. Systematic review: impact of constipation on quality of life in adults and children. Aliment Pharmacol Ther. 2010 May;31(9):938–49.
2)Miwa H, Hayashi T, Hyodo S. Recognizing the Gap between Physicians and Patients Suffering Chronic Constipation over Symptoms and Treatment Satisfaction in Japan (Japanese). Therapeutic Research. 2017;38:1101–9.