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糖尿病と歯周病

2017年7月

 

 

糖尿病患者は歯周病になりやすい

 

 糖尿病の人は歯周病になりやすい」と言われています。はたして本当でしょうか? 

 

 糖尿病と歯周病は共に代表的な生活習慣病で密接な関係を有しています。糖尿病は喫煙と並んで歯周病の二大危険因子です。一方、歯周病は糖尿病の合併症である神経障害、網膜症、腎症、糖尿病足病変、脳梗塞・心筋梗塞(大血管症)に次ぐ「第6の合併症」とも言われています。歯周病と糖尿病には以下のような関係があります(図1、2)。

 

  • 糖尿病の人が歯周病である確率は通常の人に比べ約2倍
  • 糖尿病患者は歯周病が重症化しやすい
  • 糖尿病の罹患期間が長い人ほど歯周病の罹患率が高い
  • 血糖コントロールがよくない人ほど歯周病が重症化しやすい
  • 歯周病が重症化している人ほど血糖コントロールが悪い
  • 歯周病の人は糖尿病でなくても糖尿病予備群であることが多い
  • 糖尿病の人が歯周病をしっかり治療をするとHbA1cが改善する

 

 

 

歯周病とは

 

 歯周病は齲歯(うし、虫歯)と並ぶ歯科の2大疾患のひとつで、歯肉の腫脹や疼痛、歯を支える骨(歯槽骨)の破壊が起こる慢性の炎症性疾患です。歯と歯肉の隙間には狭くて浅い歯肉溝があり、清掃が行き届かないでいると、そこに多くの細菌が停滞し(歯垢の蓄積)歯肉の辺縁が「炎症」を帯びて赤くなったり、腫れたりします。ただし、痛みはほとんどの場合ありません。

 

 進行すると歯周ポケットと呼ばれる歯と歯肉の境目が深くなり、歯を支える土台(歯槽骨)が溶けて歯が動くようになり、最後は抜歯をしなければならなくなってしまいます(図2)。

 

 厚生労働省の平成23年度歯科疾患実態調査によると、日本人の40歳以上の半数以上が歯周炎に罹患しています。年齢とともに増加し、中高年では80%以上となり、抜歯の第一原因となっています。  

 

 歯周病は様々な疫学調査により、次のような全身疾患の発症リスクを高めることが明らかになってきています。①動脈硬化の促進による脳梗塞や狭心症・心筋梗塞などの虚血性心疾患、②糖尿病、③早産・低体重児出産、④誤嚥性肺炎、⑤骨粗鬆症などです。また近年では、メタボリックシンドローム(メタボ)との関連も指摘されています。

 

 歯周病を進行させる因子には①歯ぎしり・くいしばり・かみしめ、②不適合な冠や義歯、③不規則な食習慣、④喫煙、⑤ストレス、⑥全身疾患(糖尿病、骨粗鬆症、ホルモン異常)、⑦薬の長期服用、などがあります。

 

 

糖尿病と歯周病

 

■糖尿病が歯周病の発症や進行に及ぼす影響

 

 糖尿病患者において歯周病が悪化するメカニズムについては次のようなことが挙げられます。

  • 口の中が乾燥する

唾液には食べ物を消化する働きの他に、口の中を浄化したり組織を修復したりする働きもあり歯周病を防ぐ働きがあります。高血糖状態では浸透圧の関係で尿が多く出ます。これにより体内の水分が減少すると共に唾液の分泌量が減少し唾液の作用が低下し歯周病の原因となる菌が繁殖しやすくなる。

 

  • 唾液などの糖分濃度が高くなる

唾液や歯肉からの滲出液は血液から作られています。このため、高血糖の人は唾液や滲出液の糖分の濃度が高くなります。この結果、歯周病の菌が繁殖すると考えられています。

 

  • 細菌に対する抵抗力が低下する

高血糖により白血球の遊走能・貪食能・殺菌能などの機能低下が生じ歯周病原菌に対する抵抗力が低下する。

 

  • 組織の修復力が低下する

血糖値が悪い状態では組織を修復する働きが低下します。糖尿病で歯周病の進行が早くなるのは、これが影響していると考えられています。

  • AGEs

過剰な血中ぶどう糖がたんぱく質と結合しAGEs(advanced glycation endproducts、終末糖化産物)※1が産生され、歯肉組織に蓄積し機能的な性質を変化させる。

 

■血糖コントロール不良の糖尿病は歯周病を悪化させる

 

 米国・アリゾナ州のピマ・インディアンは糖尿病の発症率が高いことで世界的に有名です(一口メモ)。彼らのうち15歳以上を対象に歯周病の発症率を2年間隔で6年間調べる疫学調査が行われました。それによると、2型糖尿病患者は非糖尿病者に比較して、新規歯周病発症率が2.6高いとのことでした。また、糖尿病群では比較的若い世代(30歳代)であっても歯周炎を発症する確率が高いことも示されました(Nelson RG et al. Diabetes Care 1990)。

 さらに大規模な調査として、第3回米国国民栄養調査(NHANESⅢ)では2型糖尿病患者の重症歯周病の罹患率はHbA1c9.0%以上で2.90倍、9.0%未満で1.56倍と報告されています(Tsai C et al. 2002)。

 

 

歯周病と糖尿病

 

■歯周病患者は糖尿病になりやすい

 

 多くの疫学研究により、歯周病が糖尿病発症や血糖管理に影響を与えることが示されています。米国国民栄養調査(NHANES)によると、歯周病患者の糖尿病有病率は非歯周病者の2倍高いことが示されています。また、15年にわたるドイツ北東部ポメラニア地方の健康調査を用いたコホート研究※2では、重度歯周病に罹患している非糖尿病患者は、歯周病に罹患していない非糖尿病患者群と比較すると、調査開始5年後のHbA1cが悪化傾向にあったとのことです。

 

 日本人では、久山町(ひさやままち)におけるコホート研究※3によると、10年間で耐糖能異常を発症した患者群は、そうでない群に比べ歯周病有病率が高かったと報告されています。

 

 

■歯周病で血糖値が上がる理由

 

 歯周病により形成された歯周ポケットを介した炎症反応は歯周骨吸収をもたらすのみでなく、全身へも慢性炎症として影響をおよぼします。その機序として次のことが考えられています。

 

 歯周病の原因となる細菌(歯周病関連細菌)から出される内毒素※4が歯肉から血管内に入り込み、マクロファージ※5を刺激しTNF-α(tumor necrosis factor-α、腫瘍壊死因子-α)※6の産生を促進します。TNF-αはインスリンの働きを低下させ(インスリン抵抗性)血糖値を上昇させます。その結果、歯周病も進行していくという悪循環が形成されます。インスリン抵抗性により生じたインスリン作用不足を補うため、体(膵β細胞)はより多くのインスリンを産生しようとします(高インスリン血症)。しかし、この状態が長く続くとインスリン産生細胞である膵β細胞が疲労して、インスリンを作る能力が低下していきます(インスリン分泌不全)。このようにして、更なる悪循環に陥り糖尿病ますます悪化していきます。

 

■歯周病治療は血糖コントロールを改善する

 

 慢性炎症としての歯周炎に対する適切な治療により、糖尿病のコントロール状態の指標となるHbA1C(ヘモグロビンA1c)の改善がみられることが明らかになってきました。

 

 複数の研究を解析(メタアナリシス)すると歯周基本治療後にHbA1cが0.4~0.6%低下すると報告されています。2013年の米国歯周病学会では歯周治療によりHbA1cが0.65%、空腹時血糖値が9.04㎎/dl低下すると報告されています。

 

 その機序として、歯周病治療によって歯周炎に起因するTNF-α産生量が低下するため、インスリン抵抗性が改善し血糖コントロールが好転すると考えられています。岩本らは歯周ポケットへの積極的な歯周病治療により、1か月後でHbA1C・インスリン抵抗性・血中TNF-αや歯周ポケット内の総細菌数の有意な改善が認められたと報告しています。

 

 これらの報告を踏まえ、日本糖尿病学会と日本歯周病学会では糖尿病患者の歯周治療を推薦しています。

 

 

まとめ

 

  • 糖尿病患者では歯周病が高頻度に発症し重症化する傾向がある。血糖コントロールが不良な患者ほどその傾向が強い。また逆に、歯周病はインスリン抵抗性を惹起し糖尿病を悪化させる。すなわち、両者は互いに悪影響を及ぼし合い悪循環を形成する。
  • 2型糖尿病患者に歯周病治療を行うと血糖コントロールが改善する可能性がある。

 

 

【註解】

※1)AGEs:タンパク質と糖が加熱されてできた物質のこと。強い毒性を持ち、老化を進める原因物質の一つ。

 

※2)ホート研究:コホートはローマ時代の300人程度の歩兵隊軍団の意味。コホート研究はある特定の集団(コホート)を長期間追跡調査することで、病気の原因、特徴を解明していく疫学研究法。例えば、喫煙者と非喫煙者の死因・健康状態などを追跡調査する疫学研究。

 

※3)久山町研究:福岡市に隣接する久山町で1961年より続けられている、世界的にも有名で我が国を代表する疫学研究(→院長の独り言 平成29年6月 第47号)。

 

※4)内毒素:グラム陰性菌の細胞壁に存在するリポ多糖類、またはこれとタンパク質との複合体。菌体の破壊によってのみ毒性を示し、その作用は外毒素より弱い。菌体内毒素、エンドトキシン(endotoxin)とも呼ばれる。一方、外毒素(exotoxin)とは細菌がつくりだす毒素のなかで菌体外に分泌されるものの総称。主成分は蛋白質で、毒力が強く生体細胞に選択的に作用して特有な中毒症状を引起す。ボツリヌス菌、ガス壊疽菌、破傷風菌、ジフテリア菌、黄色ブドウ球菌などが代表的な外毒素産生菌である。

 

※5)マクロファージ:動物の組織内に分布する大形のアメーバ状細胞。生体内に侵入した細菌などの異物を捕らえて細胞内で消化するとともに、それらの異物に抵抗するための免疫情報をリンパ球に伝える。大食細胞、貪食細胞ともいわれる。

 

※6)TNF-α:腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor、TNF)とはサイトカインの1種であり、TNF-α、TNF-β、LT-βの3種類である。TNF-αは主にマクロファージにより産生され、固形がんに対して出血性の壊死を生じさせるサイトカインとして発見された。腫瘍壊死因子といえば一般にTNF-αを指していることが多い。糖尿病との関係では、脂肪組織は炎症性サイトカインを分泌しており、TNF-αにより細胞内へのグルコースの取り込み阻害やインスリンに対する感受性低下が生じる。

 


【ひとくちメモ】

■ピマ・インディアンと糖尿病

 

  アメリカ・アリゾナ州に住むネイティブ・アメリカンのピマ・インディアンは糖尿病の有病率の高さで世界的に有名です。人口の50%以上が糖尿病で、60歳以上の女性では80%を超えています。彼らは氷河期にベーリング海峡を渡りアジアから北米に移住した部族で、狩猟と採集や原始的な農業により生活の糧を得ていました。

 

 20世紀初めヨーロッパ系アメリカ人が彼らの生活環境を破壊したため、多くのピマ・インディアンは保護地区で生活費や食糧の支給を受けるようになりました。その結果、欧米化した食事や運動不足により、肥満と糖尿病が急速に拡がっていきました。

 一方、メキシコに住むピマ・インディアンはどうでしょう。当然のことながら、アメリカ・アリゾナ州のピマ族と同じ遺伝子をもっています。しかし、彼らは今でも農業が中心で運動量も多く昔ながらの生活を送っています。肥満も糖尿病もほとんど見られません。このことは、糖尿病の発症には環境因子が大きく関わっていることを意味します。

 

 

 

■倹約遺伝子

 

 人類の歴史は飢餓と寒さとの戦いでした。乏しい食糧を脂肪やグリコーゲンなどの形で蓄えるのは、過酷な生活環境を生き抜き種族を保存するためには有利なことでした。この飢餓に強い遺伝子を倹約遺伝子といいます。

 

■人類の誕生と歴史

 

 人類の誕生と歴史には諸説があります。ある説に従うと次のようになります。人類の祖先はおよそ500万年前にチンパンジーから別れ、猿人、原人、旧人を経て約15万年前アフリカ東部で新人として誕生しています。約7万年前にその一部はアフリカを出ていきました。残った種族はネグロイドと呼ばれています。アフリカを出た種族はその後、ヨーロッパ方面に移動したコーカソイドとアジア方面に移動したモンゴロイドとに別れました。

 

 農耕や牧畜が始まったのはおよそ1万年前、西洋の産業革命が200年前。それまでは先進国とされる国においてさえ、大部分の人は貧しい食生活に耐えていました。

 

■倹約遺伝子が肥満遺伝子に

 

 しかし、一部の先進国ではここ40~50年前より食糧が豊かになり、いわゆる「飽食の時代」に突入しました。また、交通手段が飛躍的に発達し、また日常生活も大変便利になりました。それらは、「運動量の減少」を意味します。その結果、それまで個人の生存と種の保存に有利であった倹約遺伝子が、逆に作用して「肥満遺伝子」として働くようになりました。すなわち、肥満や糖尿病などの生活習慣病の増加です。

 

 モンゴロイドはこの倹約遺伝子を持つ人の割合が、コーカソイドより高いとされています。おそらくモンゴロイドの方がより厳しい生活環境にあったためでしょう。

 

ピマ・インディアンもモンゴロイド系の部族です。すなわち、ピマ・インディアンはもともと太りやすい体質だったのです。そこに飽食と運動不足が加わり、世界有数の肥満と糖尿病発症率を誇るようになったのです。

 

■日本人はピマ・インディアンと同じ倹約遺伝子を持つ民族

 

 ちなみに、日本人はピマ・インディアンと同じ遺伝的背景を持つモンゴロイド系です。

 

 

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