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糖質制限ダイエット ー その光と影(5)

 

 

その臨床研究は信頼できるか?

 

■医学研究とは

 

 医学研究は大きくわけて細胞や動物を使った実験(研究)とヒト(人)を相手にした臨床研究があります。細胞・動物実験は医学研究においては重要で必要不可欠なものです。しかし、それらで効果があったからといってヒトにもそうであるとは限りません。ここではヒトを相手にした臨床研究について考えてみたいと思います

 

■臨床研究とは

 

 

臨床研究は大きくは観察研究と介入研究に分類されます。

 

 観察研究(observational study)は研究者が対象者に対して介入を行うことなく、ある因子への暴露と疾患の発症の関係(たとえば喫煙と肺がんの発症)などについて調査を行う研究です。分かりやすく言うと、自然の状態・成り行きをみる研究です。因果関係の究明には向きません

 

 一方、介入研究(intervention study)は対象者に対して研究計画書(プロトコール)に沿って何らかの介入(治療)を行い、仮説を検証します。介入研究の内で「医薬品・医療機器等の品質有効性、安全性の確保に関する法律」上の承認を得るためのものを治験といいます。

 

 

■臨床研究のエビデンスの質(レベル

 

 科学において重要なのは再現性普遍性です。臨床研究における科学的根拠(エビデンス)でも同様です。しかし、ヒトが相手の臨床研究では常にバイアスという誤差が付きまといます。その結果、間違ったエビデンスに基づいた「効果のない」「有害」な医学・健康情報に踊らされるかもしれません。

 

 では、どうすればよいのでしょうか? 臨床研究のエビデンスの質(レベル)を見極めることです。そのためには、以下の項目に注目するとよいでしょう。なかでも、②前向き、④対照群、⑤介入研究、⑥無作為化、⑦盲検化、⑧バイアス・交絡、⑨再現性、⑩スポンサーは特に重要です。

  1. 横断研究なのか縦断研究なのか?
  2. 前向き研究なのか後ろ向き研究なのか?
  3. 研究・試験の対象者の人数は?
  4. 対照群はあるのか?
  5. 観察研究か介入研究(試験)か?
  6. 無作為化(randomized)されているか?
  7. 盲検化(masked)されているか?
  8. バイアス(bias)、交絡(confounding)は?
  9. 再現性はあるのか?(meta-analysis)
  10. スポンサーは誰か?(利益相関、COI)

 

臨床研究のエビデンス

 

1)観察研究

 

 研究者がデータをみて観察・記述する方法です。コホート研究、症例対照研究、横断研究があります。また、エビデンスレベルは低いのですが症例報告、専門家・権威者の意見もこれに入ります。仮説提唱や検証に適していますが因果関係の究明は困難です。

 

■コホート研究

 

 コホート研究(cohort study)とは、特定の要因(年齢・疾患・リスクファクター、治療内容など)を持つ集団を設定し、その要因の有無により選択した集団を追跡しアウトカム発生の有無を調べ要因との関連性を調べる研究(前向き研究)です。最初の特定の要因を満たしている集団をコホート(cohort)といいます。もともと古代ローマの歩兵隊を意味する言葉で、300~600名からなる兵隊の群がある方向に向かって整然と進んでいく様子が想起されます。

 

 例えば、喫煙者(暴露群)15,000名と非喫煙者(非暴露群)35,000名、計5万名を肺がん発症に関して各々10年間追跡調査したとします。喫煙群からは75名、非喫煙群からは35名の肺がんが発症しました。

 

 肺がん発症リスクは喫煙群75/15,000=0.005、非喫煙群35/35,000=0.001となり、喫煙者は非喫煙者より5倍(0.005/0.001=5)肺がんの発生リスクが高いことが分かります。

 

 リスク、相対リスク、絶対リスクを計算でき、バイアスが少ないという長所があります。しかし、時間と手間がかかるという短所があります。

 

 

 

■症例-対照研究

 

 症例-対照研究(case-control study)は疾病の原因を過去にさかのぼって探そうとする研究(後ろ向き研究)です。目的とする疾病(健康障害)の集団とその疾病のない集団を選び要因の有無を解析する方法で、因果関係の発見に適しています。

 

 例えば、ある時点(期間)で肺がん患者400名と肺がんでない人500名を選び、過去を含めた喫煙状況の調査を行ったとします。喫煙歴は肺がん患者280名(280/400=0.7)、肺がんでない人は70名(70/500=0.14)でした。非喫煙者と比べて喫煙者のリスクは5倍(0.7/0.14=5)となります。

 

 労力・費用はかかりませんが、バイアスが大きいという欠点があります。例えば、①調査を開始した時点で本当に肺がんがあったかどうか? その検査方法は?(標本抽出バイアス) ②肺がん患者は過去の喫煙状況を真剣に思い出そうとしますが、肺がんでない人はいい加減かもしれません(思い出しバイアス)、などなど・・・。

 

 また、リスクや絶対リスク差は計算できません。相対リスクはオッズ比で近似します。

 

 

 

■横断研究

 

 

 横断研究(cross-sectional study)とは、ある集団のある一時点(一期間内)での疾病(健康障害)の有無と要因の保有状況を同時に調査し、関連を明らかにする方法です。要因と疾病の関連を評価するため、罹患率でなく有病率が用いられます。

 

 例えば、ある時点で喫煙者180名と非喫煙者270名での膵がん患者数を比較します。喫煙群からは30名、非喫煙群から20名の膵がん患者がいたとします。膵がん患者での喫煙率(オッズ)は30/20=1.5、膵がんでないグループの喫煙率は150/250=0.6でした。オッズ比は1.5/0.6=2.5となります。すなわち、喫煙者は非喫煙者より2.5倍膵がんになりやすい(かもしれない)という事になります。

 

 短期間で研究ができますが瞬間的データのため因果関係までは追及できません。

 

 分析対象を個人でなく、地域または集団単位(国、県、市町村)とし、異なる 地域や国の間での要因と疾病の関連を検討する方法も横断研究に入ります(例えば国勢調査など)。

 

■コホート研究、症例-対照研究、横断研究の比較

 

■症例報告

 

 症例-対照研究では「対照群」がありました。対照群を設定することは疫学研究の基本です。症例報告では「対照群のない」病気のある人(患者さん)だけの話です。これでは病気の原因を探るにせよ、治療法の効果を見るにせよ、一般論を導くエビデンスとしては低いレベルと言わざるを得ません。

 

 例えば、先月号の「私は名医」です。患者さんは「先生のお陰です」と言ってくれます。しかし、よくならなかった患者さんは、ほとんどの場合何も言わずに転院しています。「よくなった」患者さんだけという偏ったケースを見ているに過ぎません(選択バイアス、脱落バイアス)。また、自然によくなったのかもしれません。さらに、その医者にかからなかった患者さんはどうなっていたか分かりません。他の医者にかかった方がよくなっていたかもしれません。すなわち、対照群がなければ真の有効性(名医かどうか?)は分かりません。

 

■専門家・権威者の意見

 

 

 専門家の意見とは、経験に基づいた意見で客観的(科学的)データに欠けます。どれだけ長く臨床経験を積んでいても、人の思考には以下の様なバイアスがあります。

 

  • 確証バイアス:自分の信念を補強するデータだけを選り好みする傾向のこと
  • 記憶バイアス:記憶が都合の良いように歪むこと
  • 関連性の錯誤:目立った事実が2つ前後すると、誤った因果関係を想定すること

 

 世界的権威であろうが上記のようなバイアスがあるため、エビデンスレベルは最も低くなります。「○○大学の△△教授」「□□科の名医」と謳い、さも「この世界での権威」であるかの様に一般大衆を錯覚させるのはTVや週刊誌などのマスメディアの常套手段です。人は権威に弱いものです。注意しましょう!

 

2)介入研究

■無作為割り付け比較試験

 

 介入研究(intervention study)は研究者が対象者(被験者・患者さん)に対して、何らかの介入(治療・検査)を計画的に行い、仮説を比較検証する方法です。介入研究は対照群の有無により分類されます。対照群との比較を行う場合、無作為割り付けの有無により分けられます。

 

 無作為割り付けを行うことにより治療群と対照群の背景が均等になることが期待でき、バイアスを最小限に留めることが可能になります。さらに、治療内容などが患者さんにも研究者(医師)にも分からないようにする二重盲検試験にすると情報バイアスを回避でき妥当性(信頼性)は一層向上します(令和元年5月号)。

 

 

 

 

 

 

 

 

■メタアナリシス

 

 メタアナリシス(meta-analysis)とは、複数の臨床研究の結果を統合することにより、より信頼性の高い結果を得ようとする手法や統計解析のことです。メタ分析、メタ解析ともいわれます。無作為割り付け比較試験のメタアナリシスはEBMにおいて最も質の高いものです。

 

3)エビデンスの質に関係する他の因子

 

■前向き研究なのか後ろ向き研究なのか?

 

 ある一時点から将来のアウトカム(結果)を調べるコホート研究を前向き試験といいます。過去のデータを調べる症例-対照研究を後ろ向き研究といいます。後ろ向き研究は思い出しバイアスなどのため信頼性が劣ります。

 

■研究・試験の対象人数は?

 

 研究の対象人数は一定以上必要です。TVの「ためして○○」や「怖い△△の医学」「□□ダイエット」などでは1~2の実例や10~20人程度の研究対象数でもエビデンスありと主張しています。注意が必要です。

 

■スポンサーは誰か?(利益相関、COI)

 

 研究のスポンサーが企業である場合、その企業にとって都合の悪い研究結果は公表して欲しくないと望むでしょう。そのため、研究者はスポンサーの利益のため専門的な判断を曲げてしまうかもしれません(利益相関、COI)。また、都合のよい結果ばかりが世に出てしまうかもしれません(出版バイアス)。さらには、データの捏造すらあるかもしれません。あってはならないことですが実際過去にあり、大きな社会問題となったこともありました。

 

 

臨床研究の信頼性

 

 これらを纏めると、研究方法(デザイン)とエビデンスレベルは、質の高い順に複数のRCTメタアナリシス、ランダム化比較試験・・・、下図の様なエビデンス・ピラミッドで表すことができます。

 

  • 1つ以上のランダム化比較試験
  • 非ランダム化比較試験
  • 分析疫学的研究(コホート研究)
  • 分析疫学的研究(横断研究、症例-対照研究)
  • 記述研究(症例報告やケース・シリーズ)
  • 専門委員会や専門家個人の意見

 

■糖質制限ダイエットのエビデンスは信頼できるのか?

 

 いよいよ本丸に近づいてきました。エビデンスの質に関しては相当厳しい様です。詳しくは次号以降に!