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2017年8月
糖尿病患者は サルコペニア になりやすい
最近、階段を昇り降りする時に手すりが必要になったり、椅子から立ち上がる時に手の支えが必要になったりしていませんか? それはサルコペニアかもしれません。 サルコペニアは高齢者の約10%以上にみられます。さらに、糖尿病患者ではその3倍以上に上昇するとも言われています。 |
サルコペニアとは |
人は誰でも年をとると衰えます。この加齢による体の衰えを老化といいます。人の骨格筋の量は20~30歳代でピークを迎え、その後年間1~2%ずつ減少し、80歳頃までに30~40%失われます。このような「加齢による筋肉量の低下」に対して、1989年米国のIrwin Rosenbergはサルコペニア(sarcopenia)という用語を提唱しました。サルコペニアは造語で、サルコ(sarco)はギリシャ語のsarxに由来し「肉・筋肉」、ペニア(penia)は「減少・消失」を意味します。
サルコペニアは当初「骨格筋肉量の減少」と定義されていました。その後、「骨格筋肉量の減少」は「筋力の低下」「身体機能の低下」を招き、衰弱、転倒・骨折、寝たきり、嚥下障害、死亡リスクの増大などと深く関わってくることが分かってきました。その結果、サルコペニアは「骨格筋量の減少」のみならず、「筋力の低下」や「身体機能の低下」も含まれるようになってきました。
サルコペニアの定義 |
サルコペニアは高齢者によく見られる一般的な現象であり、身体的および経済的負担には大きなものがあります。にもかかわらず、広く受け入れられている臨床的定義や診断基準は存在しませんでした。そのような中、2010年European Working Group on Sarcopenia in Older People(EWGSOP、欧州サルコペニア・ワーキンググループ)によって、サルコペニアとは「進行性かつ全身性の筋肉量と筋力の減少によって特徴づけられる症候群で、身体機能障害や生活の質(QOL)の低下や死のリスクを伴うもの」と定義されました(表1)。また、その程度も表2)のように分けられました。
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サルコペニアの分類 |
サルコペニアは加齢が原因で起こる「一次性サルコペニア」と加齢以外にも原因がある「二次性サルコペニア」とに分類されます。ただし、実際には一次性と二次性は明確に分けることは困難なことが多いようです(表3)。
サルコペニアの原因 |
筋肉の量は筋蛋白の合成(同化)と分解(異化)のバランスにより維持されています。筋蛋白の合成が減少したり、分解が筋蛋白の合成を上回ったりすると筋肉量は減少します。
筋蛋白の合成が減少する原因として、①加齢による筋肉の増加に関係する性ホルモンの減少や筋肉を働かすために必要な細胞の死(アポトーシス)やミトコンドリアの機能障害、②不動状態や身体活動の不活発による筋肉の廃用、③栄養不良、④癌や糖尿病などの消耗性疾患による筋萎縮(カヘキシア)、⑤脳からの指令を筋肉に伝える働きをする運動神経の損失、⑥コルチコステロイド・成長ホルモン(GH)・インスリン様成長因子1(IGF-1)・甲状腺機能異常・インスリン抵抗性など筋肉の増大に関係するホルモンの異常などがあります。
一方、筋蛋白の分解が増加する原因として、⑦各疾患の罹患による腫瘍壊死因子α(TNF-α)やインターロイキン-1(IL-1)、インターロイキン-6(IL-6)などの炎症性サイトカインの増加があります(図1)。
サルコペニアの診断 |
最初に作られた欧州ワーキンググループ(EWGSOP)の診断基準によると、四肢骨格筋量の低下があることに加えて身体機能(歩行速度)の低下または、筋力(握力)の低下がある場合にサルコペニとアと診断されます。
しかし、欧米人とアジア人の骨格は異なります。そこで、2014年AWGS(Asian Working Group for Sarcopenia、アジア・サルコペニア・ワーキンググループ)によって日本人の体格でも対応できるアジア人のための診断基準が作られました。
高齢者(65歳以上)を対象に、まず握力と歩行速度を調べます。握力は男性で26kg未満、女性で20kg未満を「筋力低下あり」と評価します。歩行速度は0.8m/秒以下を「歩行速度低下あり」と評価します。これらの身体能力のいずれにも低下がなければ「サルコペニアなし」と診断します。いずれかの評価で低下が認められた場合、筋肉量の測定を行います。
筋肉量の測定にはDXAあるいはBIA法を用い、四肢の筋量を合計して身長(m)の2乗で割った値(四肢骨格筋指数:SMI)で評価します。
握力・歩行速度測定による身体機能低下に加え筋肉量の減少を伴う場合にサルコペニアと診断します。
ただし、筋肉量の減少がなくても身体機能の低下があれば、将来要介護に至るリスクが高いため注意が必要とされます(図2)。
日本人向けのサルコペニア簡易診断法 |
EWGSOPの診断基準は日本人とは体格の異なる欧米の高齢者を対象としています。AGWSの診断基準は日本人を対象としてはいますが、筋肉量の測定は必要です。そこで、日本人の高齢者を対象とし、筋肉量測定が不要のサルコペニアの簡易診断基準案を国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA)が作成しています。
65歳以上の高齢者で、歩行速度が1m/秒未満、もしくは握力が男性25kg未満、女性20kg未満である場合で、さらにBMI値が18.5未満、もしくは下腿囲が30cm未満の場合にサルコペニアと診断されます。
歩行速度、握力が基準値以上であった場合は正常。歩行速度、握力が基準値以下でもBMI、下腿囲が基準値以上であれば脆弱高齢者であるがサルコペニアではないと診断されます(図3)。
サルコペニアを疑う日常生活動作や兆候 |
国立長寿医療研究センターの診断基準は日本人向けで、筋肉量測定も不要です。さらに、私たちの日常生活動作などででサルコペニアの存在を疑うことはできないでしょうか? 次のような場合はサルコペニアの疑いがあります。
■指輪っかテスト
ふくらはぎの一番太い部分に、両手の親指と人差し指同士を合わせるようにして輪を作ります。輪でふくらはぎを囲むことができない、もしくは指の先が合う程度でちょうど囲めるくらいであれば問題ありません。しかし、指がしっかりと重なる、ふくらはぎと輪の間にすき間ができる場合はサルコペニアの可能性が高くなります。
■片足立ちテスト
次のような場合サルコペニアの可能性があります。
■青信号中に横断歩道を渡りきれない
健康な成人の平均的な歩行速度は秒速1.4mとされており、一般的な横断歩道は秒速1mであれば渡りきれるように設計されています。したがって、「青信号の間に渡りきれず、車道の真ん中で立ち往生してしまう」ような場合、サルコペニアが疑われます。
また、青信号になって横断歩道を同時に渡り始めた健康な成人が渡り終えた時、まだ半分くらいまでしか進んでいない場合、歩行速度は秒速0.8m以下となります。このような場合もサルコペニアが疑われます(図6)。
■その他
階段の昇降が難しい
2リットルのペットボトルが持ち上がらない
ペットボトルのふたが開かない
ものをよく落とす
よくつまずく・転倒する
疲れやすい 、閉じこもりがち(外出がおっくう)
痩せてきた、低体重(BMI<18.5)
糖尿病とサルコペニア |
筋肉は身体を動かす運動器です。そして、糖代謝の大きな部分を占める組織でもあります。筋肉はインスリン作用のもと、末梢血液中のぶどう糖の80 %以上を取り込みます。したがって、サルコペニアによる筋肉量の減少により血液中のぶどう糖の利用障害が起こり血糖値は上昇します。
一方、糖尿病患者は非糖尿病者と比べて下肢の筋量、筋力、筋肉の質が低下しやすく、サルコペニアをきたしやすいことが知られています。すなわち、糖尿病患者はサルコペニアになりやすく、サルコペニアは高血糖になりやすく血糖コントロールの悪化を招きます。このように糖尿病とサルコペニアはお互い悪循環に陥ってしまいます。さらに、糖尿病ではサルコペニア肥満を招きやすく、インスリン抵抗性、炎症などが筋量減少、筋力低下に拍車をかけます。
サルコペニア肥満 |
肥満を伴うサルコペニアを「サルコペニア肥満」といいます。全身の筋肉量が少ないにもかかわらず、肥満であり過剰な体脂肪の一部が筋組織の中に入り込み「霜降り肉」のようになっています。筋肉は減少していますが脂肪が増加するため、全体としては体重や体型は変わらず、気づきにくいため注意が必要です。
通常の肥満よりも高血圧などの生活習慣病などにかかりやすく、また運動能力、特に歩行能力が低下するため寝たきりになるリスクが高くなります。このサルコペニア肥満は高齢者に多く、男女ともに60 歳代から増え始め、70 歳代になると30%の方にみられます。しかし、若い人でも、その予備群の方がいます。基本的に運動不足で必要以上の食事を摂る人なら、サルコペニア肥満になる可能性があります。
サルコペニアの予防 |
多くの高齢者は筋肉量や筋力が低下していても日常生活に不自由を感じることはありません。なぜなら、自分の筋力に見合った生活をしているからです。そのため、本人も周囲も「まだ大丈夫」と安心しがちです。しかし、自覚のないままサルコペニアが進行し、ある時突然に骨折や他の疾患により寝たきりの状態になると、回復は容易ではありません。
では、サルコペニアを予防ないしは進展を抑制するにはどうすればよいのでしょうか? サルコペニアでは蛋白合成が低下し、分解が亢進しています。したがって、骨格筋での蛋白合成を増強し、分解を抑制する必要があります。具体的には、①蛋白質・アミノ酸の十分な摂取、②骨格筋でのインスリン作用の増強、③レジスタンス運動の実践などです。
①食事からの蛋白質は骨格筋の維持には必要です。一般的に高齢者では蛋白質摂取量が減少しています。厚生労働省から発表された「日本人の食事摂取基準、2015年版」によると70歳以上の高齢者では男性60g/日、女性50g/日の蛋白質摂取が推奨されています。ただし、腎機能が低下している場合は高蛋白食により腎機能障害を引き起こす可能性があります。このような場合には、ロイシン※3などのアミノ酸をサプリメントとして補充することを推奨する報告もあります。主治医にご相談ください。
②インスリン作用の増強のためには、食事や運動などの生活習慣の改善、肥満がある場合にはその解消によるインスリン抵抗性の改善が期待できます。
③高齢者の筋力維持には有酸素運動だけでは不十分で、筋肉トレーニング(レジスタンス運動)が必要とされています。レジスタンス運動としては片足立ちなど日常生活にも取り入れることのできる運動がお勧めです。ただし、高齢者では転倒リスクにも配慮した安全対策も必要となってきます。
※3)筋蛋白質の合成(同化)は、主に体内で合成できないアミノ酸(必須アミノ酸)に依存している。必須アミノ酸のなかでもロイシン・イソロイシン・バリンなどの分枝鎖アミノ酸は筋肉のエネルギーとなるのみでなく、筋蛋白質合成を刺激する。中でも、ロイシンは筋蛋白合成刺激作用が強いことで知られている。