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2017年5月
糖尿病患者は骨折リスクが2倍高い |
糖尿病の人は骨折しやすく、そのリスクは約2倍近く上昇する。このようなことが言われています。はたして、本当でしょうか?
糖尿病の人は血糖コントロールの悪い状態が続くと糖尿病神経障害、網膜症、腎症といった糖尿病に特有な合併症(細小血管症)が起こります。また、糖尿病の前段階である予備群の頃から脳梗塞や心筋梗塞など動脈硬化による合併症(大血管症)を起こしやすくなります。
骨粗鬆症(こつそしょうしょう)は骨密度や骨質が低下することで起こる病気です。骨粗鬆症があると骨が弱く脆(もろ)くなり骨折しやすくなります。絶対的なインスリン欠乏状態である1型糖尿病では、骨密度の低下があり骨折リスクが高いことが古くより認められていました。一方、2型糖尿病では骨密度の低下が認められないため、骨粗鬆症との関連は不明または関連はないと考えられていました。しかし近年、2型糖尿病においても骨密度の低下は認められないのに骨折リスクが上昇するという事が広く認識されるようになりました。 |
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骨粗鬆症とは |
骨粗鬆症とは骨の強度(骨強度)が低下して骨折しやすくなる状態、もしくは骨折を起こしてしまった状態のことをいいます。骨粗鬆症により骨が脆くなると、つまずいて手や肘をついた、くしゃみをした、などのわずかな衝撃でも骨折してしまうことがあります。
がんや脳卒中、心筋梗塞のように直接的に生命をおびやかす病気ではありませんが、骨粗鬆症による骨折から介護が必要になったり、寝たきりになったりします。
要介護の原因の第1位が脳卒中、第2位が認知症、第3位が老衰、第4位が骨粗鬆症による骨折、転倒です。骨粗鬆症は超高齢社会※1)が抱える大きな問題の一つといえます(図1)。
骨粗鬆症は閉経期以降の女性や高年齢の男性に多くみられます(原発性骨粗鬆症)。また、糖尿病、慢性腎臓病(CKD)、動脈硬化、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、喫煙、関節リウマチ、ステロイド剤などの薬剤が原因となり発症します(続発性骨粗鬆症)。
骨強度は骨量(骨密度)と骨質の2つの要因から構成されています。骨は鉄筋コンクリートの建物に例えることができます。カルシウムなど骨の材料にあたるミネラルがコンクリートに相当し、その密度を示すのが骨密度です。コラーゲンなどの蛋白質は細胞などのつなぎ役で鉄筋部分に相当し、その質を示すのが骨質です。
すなわち、いくらコンクリートの密度がしっかり保たれていても、鉄筋の質が悪く構造が弱くなっていると、建物は崩壊します。建物の崩壊=骨折なのです(図2)。
糖尿病と骨粗鬆症 |
■1型糖尿病と骨粗鬆症
1型糖尿病における骨量(骨密度)低下は古くから知られていました。多数の研究報告によると、1型糖尿病では骨密度が有意※2に低く大腿骨近位部(股関節に近い部位)の骨折リスクが約6~7倍に高まることが示されています。
しかし,骨密度低下の程度から推測される骨折リスクは1.4倍とされ,実際のリスクは推測値より5倍も高いことになります。この骨密度の低下から予測される骨折リスクを大きく上回るリスク上昇は、骨密度の低下のみでは説明できません。骨の脆弱性(きじゃくせい)亢進は骨密度低下以外の因子の関与を示唆します。
■2型糖尿病と骨粗鬆症
一方、2型糖尿病について諸外国の多数の研究報告によると、男性・女性共に大腿骨近位部の骨密度がむしろ高めであるにもかかわらず、骨折のリスクが約2倍(1.4~2.8倍)高いと報告されています。また、日本人に多い椎体※3骨折についても、2型糖尿病患者は年齢、肥満(BMI)、骨密度とは独立した骨折のリスク因子であることが報告されています。
骨密度は2型糖尿病において性や年齢を一致させた対照群に比し、腰椎、大腿骨の骨密度はいずれも有意に高値となることが示されています。Schwartzらは高齢2型糖尿病者群とその対照群における大腿骨近位部骨折、および非椎体骨折発生の縦断検討から、男女とも同じ骨密度であれば骨折リスクは糖尿病群の方が高いことを明らかにしています。
以上のことから、2型糖尿病ではステロイド性骨粗鬆症のように、原発性骨粗鬆症と比べて高い骨密度を有するにもかかわらず骨折をきたしやすく、骨密度では表せない骨の脆弱性、すなわち骨質の劣化が存在すると考えられるようになりました。
糖尿病による骨粗鬆症の原因(メカニズム) |
糖尿病の本態の基本は高血糖です。高血糖の原因はインスリン作用不全(不足)ですが、その病態はインスリン分泌不全とインスリン抵抗性からなります。インスリン抵抗性は主として糖代謝に関係する組織で認められる現象ですが、骨においてはインスリン作用過多となっていると考えられます。
もう一つの糖尿病に共通の病態は酸化ストレスの亢進です。酸化ストレスは高血糖と相まって終末糖化産物(AGEs)の形成を促進します。このAGEは骨の脆弱性をもたらします。
したがって、糖尿病が骨粗鬆症の原因となるメカニズムは①高血糖、②酸化ストレス、③インスリン作用不足、④骨におけるインスリン作用過多ということになります。
さらに、糖尿病合併症による視力低下(網膜症)や神経障害による深部感覚障害は転倒のリスクを高めて骨折リスクをさらに増加させます(図3)。
■高血糖
糖尿病では高血糖と酸化ストレスの両者により終末糖化産物(advanced glycation endproducts:AGEs)の形成が促進されます。蛋白質は血中のグルコース濃度(血糖値)に依存して、ぶどう糖と反応して一連の化学反応を経てAGEsが形成されます。AGEsは溶解性が低く、またプロテアーゼ(蛋白分解酵素)により分解されにくいため、一度できたAGEsは長期間組織に沈着して様々な障害をもたらします(院長の独り言 2014年9月 AGEsと糖尿病)。
■酸化ストレス
酸化ストレスとは酸化反応により引き起こされる生体にとって有害な作用のことです。酸化反応とはある物質が酸素と反応することにより生じるもので金属がさびたり、古い油が茶色になったり、皮をむいたリンゴが変色したりするのは酸化反応によります。酸化ストレスにより産生された活性酸素により蛋白質の酸化やDNAの障害が生じ骨細胞や骨芽細胞のアポトーシス※4を誘導したり骨基質中のAGEs形成を促進したりします。
■インスリン作用不足
インスリンは骨芽細胞の増殖を促進する作用があり骨形成促進作用を持つとされています。
■骨におけるインスリン作用過多
骨形成の維持にインスリン作用は不可欠です。しかし一方、その作用過剰は骨形成の亢進をもたらすというより、むしろ酸化ストレスの防御因子であるFOXO(Forkhead box protein O)を抑制して骨細胞のアポトーシスを誘導して、結果として骨強度を低下させると考えられています。
血糖コントロールと骨折リスクの関連 |
血糖コントロールと骨折の関連についてのエビデンス※5は未だに不十分です。おおむね、HbA1c7~8%以上で有意な骨折リスクがみられ、HbA1cの上昇と共に骨折リスクも上昇するようです。
しかし、HbA1c6.0%未満では骨折はむしろ増加する傾向がみられています。また、糖尿病に対する治療で骨折リスクを低下させたというエビデンスに乏しくHbA1cの目標値も不明です。現時点ではHbA1cを7.5~8.0%まで下げることは骨折予防の観点から、おそらく意味があると考えられます。しかし、それ以上に治療を強化することが骨折予防につながるかは不明と言わざるを得ません。今後の研究が待たれます。
まとめ |
骨折リスクは非糖尿病の2倍
骨密度はむしろ上昇傾向
骨折リスク上昇は主として骨質の劣化による
骨粗鬆症の原因は高血糖、酸化ストレス、インスリン作用不足、骨におけるインスリン作用過多
糖尿病合併症による転倒リスク上昇も骨折リスク上昇の一因となる
HbA1cが7~8%を超えると骨折リスクが上昇してくる
糖尿病治療により骨粗鬆症が改善するかどうかのエビデンスはない
しかし、HbA1c7.5~8.0%位まで下げることには意味があるのかも知れない
5.骨密度を評価する検査※6はあるが、骨質を評価する検査はない
6.糖尿病患者さんは、たとえ骨密度の低下が認められなくても骨粗鬆症の可能性があり注意が必要
【註解】
※1)超高齢社会:総人口に対して65歳以上の高齢者人口が占める割合を高齢化率という。WHOの定義によると、高齢化率が7%を超えた社会を「高齢化社会」、14%を超えた社会を「高齢社会」、21%を超えた社会を「超高齢社会」という。日本は1970年に高齢化社会になり、1994年に高齢社会に、2007年には21.5%となり超高齢社会に突入した。
※2)有意(ゆうい):統計学用語。確率的に偶然とは考えにくく、意味があると考えられること。
※3)椎体(ついたい):脊椎は椎骨とよばれる骨が連結したもの。 頭側から頸椎(7個)、胸椎(12個)、腰椎(5個)があり、その下に仙椎、尾骨がある。椎骨の円柱状の部分を椎体という。頸椎、胸椎、腰椎で形が異なる。腰椎にかかる負担は非常に大きいため、もっとも幅広く大きな形をしている。
※4)アポトーシス(apoptosis):一部の細胞があらかじめ遺伝子で決められたメカニズムによって、なかば自殺的に脱落死する現象。例えば、オタマジャクシがカエルになるときに尻尾が消失する現象など。プログラムされた細胞死とも呼ばれる。
※5)エビデンス(evidence):医学では証拠、根拠、証明の意味。
※6)骨粗鬆症の検査:骨質を直接的に検査する方法はない。骨密度を推定する方法に超音波法、MD法(レントゲン)、DXA(デキサ)法がある。